20121105 of Central Sun Ascension Report

2012/11/5 宇宙交流会

神と一体化しても人生が楽になるわけではない

①神は自分の中にあるもの

私たちは皆さん方の世界から見れば神とも思えるような神聖なる世界から言葉を流しております。私たちは光のマスターと認識されている世界において、どの存在たちもいろんな惑星において神のような役割を演じてきたものたちです。神のような役割というのはそれぞれの星に赴き、知性を持った生命体をつくり上げるという経験を成し遂げたものたちです。

知性を持った生命体をどのようにつくり上げ、進化させ、そして実際に高度な知性の存在として導き完成させていく、その一連の流れにおいて現在も取り組んでいたり、あるいはさらなる神としての能力を高めるために高度な学びを続けているものたちです。

皆さん方の肉体を持つ人間という意識において、神という言葉がとても誤解を招き、またいろんな勘違いされやすい認識となっていることをとても残念に思います。本来神という言葉は自分自身の内面に存在している高度な意識であり、一人ひとりのどの心にも必ず神が宿っております。

したがって神という言葉を使う際に何か宗教的な感じを受けたり、何か嫌な印象を受け取るのはとても残念な意識であり、堂々と自分の中に神を見る、自分の中の神をしっかりと信ずる、このような心を望んでおります。また神を信ずるにしても自分以外のところに神を持ってきて、その神を拝む、あるいは信仰の対象にするという意識を持ってしまうと、自分自身が神でなくなり、自分が神聖な存在でなくなってしまいます。

一人ひとりが自分の中に神を宿し、自分自身が神聖なる存在であること、それを堂々と実感し、認識し、表現していく、本来それを望ましいものと望んでいるのです。皆さん方を人間としてつくろうとした神は、さらなる高度な意識レベルを身に付けるために、自分自身が持っている能力以上の知的生命体をつくろうとしていろんな仕組みを学び、さらなるトレーニングを続けている最中です。

したがって、人間として生存している一人ひとりの神は皆さん方をつくり出した神を宿しながらも、その神以上のものを身に付け、さらなる高度な神に自分自身で導いていく、そういう意味も隠されております。神自身の進化のために人間をつくり、また人間をつくることにより神自身が進化していくのです。

人間と神は切り離されることができず、常に自分自身が神となり、そしてさらなる成長や進化を進めているのです。今人間として歩んでいるものたちがほとんど自分が誰であるか、自分が何者であるか分からなくなってしまい、ただの動物的な人間で生存を続け、毎日をただ生きること、何とか食べるものを確保する、生きるための金銭を手に入れる、場合によっては他者から奪い取ってでも自分が生きようとする、そういう意識に成り下がっております。

当然のことながらこのような意識は神の意識ではなく、動物レベルに成り下がった人間の意識といえます。今地球は新しい波動を体験するために地球自身が新しい世界へと意識を向けております。そして人間と呼ばれているものたちを新しいレベルへ引き上げ、新しい意識レベルの人間と共に新しい地球の学びを続けようとしております。

しかし今のこの地球上の人間において、自分がしっかりと神に繋がり、神の意識レベルを持ち、神となって次なる意識レベルへ到達しようとしている数がそんなに多くないために、地球自身が体験しようとしている新しい学びがなかなかうまく進まない状態にあります。人間はこの地球を体験の場とするためにやってきて、そしてこの地球で生かされ、地球と共に歩んでおります。

この生かされている地球に対し人間の意識レベルがあまりにも低く、地球に感謝や恩を感ずることがほとんどなくなり、場合によっては地球を踏みにじったり、ぞんざいなエネルギーで地球の波動を荒くさせております。地球の波動を荒くさせると自分自身の生きる道が荒くなり、自分自身が荒い道を歩くしかできなくなってしまいます。

自分が地球に対して出したエネルギー、自分が地球に対して行なったことが自分の道となり、自分で歩いていくのです。日々地球に感謝や恩を感じながら地球を正しく見ている人は自分も良い道を進むことができるでしょう。人を罵り、地球を蔑んで生きているものは生きる道がとても厳しくなってくるでしょう。すべては自分が出したエネルギーを自分自身で摘み取っているに過ぎません。

神聖なる意識、神に繋がる意識というのはそのような意識ではなく、常に感謝や他に対する喜びや幸せを願う気持ち、自分が他の人を楽にしてあげる、他の人を楽しくしてあげる、常にこういう気持ちを出している人が神に祝福され、神の道を進むことができるでしょう。

たとえスピリチュアルな道を歩み勉強している人に限っても、必ずしも神の道を歩んでいるというわけではありません。いくら勉強を重ねトレーニングをしたとしても自分のエゴで勉強している人も多く、最終的には金銭を獲得する、有名になる、自慢をする、普通の人を下に見てバカにしていく、自分がスピリチュアルな勉強をしていることで偉くなったような錯覚をする、そういう人々ばかりが多いために、スピリチュアルな勉強しているからといって神聖さを身に付けているとか、神の道を歩いているとはまったくいえません。

しかしだからといってただ日常を普通に流されて生きている人はまったく神に近くはありません。何が神の道なのか、本来どこを目指すべきなのか、まだまだそのレベルで躓いている人がたくさんいるのです。これからは皆さん方一人ひとりがどこまで本当に神と向き合うか、どこまで本当に自分の中の神を見ることができるか、これが重要になっていきます。

今のスピリチュアルな勉強の中で、ただ私は神だとか、私は神と一体化している、そういう風に口に出す人がたくさんいるでしょう。ほとんどがただそう言うように言われたから口に出しているだけであり、自分が神としての実感を持っているわけではありません。いくら私は神であると口に出したところで人と争いを起こしたり、人のことを悪く思う人はまったく神にはなっていません。

私は神であるという言葉にふさわしい言動をとっているかどうか、自分の言動そのものが神であるという証を現しているかどうか、言動で神を現せない人は結局はスピリチュアルな勉強は何もしてないのと同じになります。そういう人が人のために何か良いことをしたい、何か人を癒したいと思って技術を身に付けたところで神の光やエネルギーは使えないかもしれません。

本当に人を愛する気持ち、本当に人を癒そうとする気持ちが癒しのエネルギーを流してきます。自分はなぜスピリチュアルな勉強を続けるのか、なぜ自分はスピリチュアルなことに興味を持つのか、自慢のためとかお金儲けのことではなく、自分のために必要であること、自分の神をしっかりと見つけ表現し、神として生きるために必要であること、どのような時でも、どのような人にでも、私は神を内在させ、神を具現化させた生き方をしている、それを堂々といえることがスピリチュアルな人間といえるでしょう。

自分がどの程度スピリチュアルな人間に近付いたか、どの程度スピリチュアリティが身に付いたか、それは自分がどこまで神としての意識に近付いたか、それと同じになります。いくら本を読んで勉強したりセミナーに出たところで神としての意識を具現化できていなければまったく勉強していない人と同じになります。

しかしそれでもスピリチュアルなことに興味を持ち、勉強する人は神の道を歩み始めた人であり、神は必ずその人を導いていくでしょう。その人が少しでも神に目覚め、神を感じ、神として一体化できるように一人ひとりを導いていくでしょう。神の道を目指したものに終わりはなく、どこまでいっても自分の神がはっきりとは見つけられない段階になります。

神を見つけ、具現化したように見えてもまたさらなる神のトレーニングにより神が分からなくなり、自分が分からなくなってきます。したがってスピリチュアルな勉強を始めた人はどのような不信感や不安、世間からの嫌な思いに合ったとしても、決してそこで弱気になったり、道から外れたりせずにひたすら神の道を歩むことを願っております。

神の道を歩みはしたけれどもいくらやっても生活が楽にならない、いくらやってもうまくいかない、結局勉強しても意味がないのだ、そう思って神の道から離れる人は山ほどおります。神の道を歩むからといって経済的に恵まれるわけではありません。神の道を歩むからといって人間関係がうまくなるわけではありません。神の道を歩むことと金銭を手に入れることはまったく関係がなく、むしろ神の意識になればなるほど金銭的な意識から離れていき、お金儲けしようとする意識がなくなっていきます。

また有名になろうとか、人よりも上にいこうという意識もなくなっていきます。それがために世間一般の人々から見ると決して高く評価されるわけではなく、認めてもらえるわけでもありません。それでも神の道を歩む人は、やはり普通の人とは違う意識レベルに進んでおり、たとえ金銭がなく、たとえ常識がなかったとしてもその人は神の道を歩んでいる、何らかの神聖さを感ずる、そういう働きをなし、その神聖さの度合いに応じて神を求める人が近付いてきます。

神を求める人はそういう人々を訪ね、少しでも自分が神となるための学びをしようとするでしょう。そういう人々に自分ができることを教えることです。今の時代においてスピリチュアルな学びを重ね、ほんのわずかでも神に近付いていながら、その神のエネルギーに引かれてやってきたものに対し、まるで人を追い払うかのように、私は宗教はやっていません、私は神という言葉は使いません、いろんなことを言って遠ざけてしまう人がたくさんおります。

結局自分で自分のために必要な人を遠ざけていき、結果的にお金がないとか、生活できないという言葉ばかりを口に出していきます。本来自分に余計な思いがなく、来る人すべてをしっかりと迎え入れ、必要な言葉を出していけば金銭に困ることはなく、また生活に困ることもないでしょう。

自分にとって必要な人が必ず現れ、自分のために協力してくれるからです。しかしこの人は嫌だ、あの人は嫌だ、こういう意識で自分とのかかわりを遠ざけていくと、自分に必要なものが入ってくることがなく、自分自身がうまく生活できなくなってしまうのです。神が人間に与えるやり方として自分にとって一番苦手な人、一番嫌なタイプこそが自分にとっての一番の贈り物を持ってくることがよくあります。

むしろ自分が苦手なタイプの人ほど優しく受け入れ、しっかりと向き合っていくと、その人から本当に必要なものを受け取ることがあります。ただ気が合う人、仲の良い人とばかり一緒にいても神からのプレゼントはそんなに期待はできません。自分が何のために神に近付こうとしているのか、自分がなぜ神を求めているのか、その本質を理解する必要があります。

仲の良い人と一緒にいて良い人間だと思われたい、良い人間だと思われることによって神から認められたい、こういう小さな心の持ち主は成長することが難しいでしょう。自分を敵のように攻撃してくる相手に愛を持って迎え入れていく、正面から堂々と受け入れ、正しい言葉を出していく、こういう人こそが神に迎えられるのです。

その意味において神の道は厳しいといえるでしょう。決して楽な道ではありません。しかしだからといって怖気づいたり不安になる必要もありません。人それぞれの意識レベルに応じて自分が克服できるエネルギーしかやってはきません。自分がまったく克服できないエネルギーが来ることはなく、頭を使えば必ず克服することが可能となります。

しかし初めから見た目だけで雰囲気だけで諦めてしまったり、逃げてしまったり、避けてしまう、そういう人がとても多いために克服できないというエネルギーがつくられてしまいます。どのような相手がやってきても、どのような状況であっても正面から受けて立ち解決していく、この力が必要となります。

またその力によってのみ前に進むことができます。今の日本の人々はあまりにも甘く育てられたために、自分から道を切り開くということができなくなっております。誰かが歩いた道に付いていく、誰かが扉を開けてくれるとそこに入っていく、そういう人たちばかりで自分から真っ先にドアを開けるという人がほとんどいないのです。自分が神であり、神として進むのであれば、自分のドアは自分で開ける必要があります。

一人ひとり自分だけの扉があり、自分だけの道があり、自分にしか開けられないものがたくさんあるのです。それを他の人が開けるのを待っていても誰も開けることはできません。自分の扉は自分しか開けることができないのです。勇気を持って扉を開けていく、勇気を持って進んでいく、この勇敢さが必要であり、いつまでも怖気づいていたり、いつまでも立ち止まっている時期ではありません。

自分の神に向かって自分が堂々と取り組んでいくこと、一人ひとりが自分の中に宿す自分の神、神としての道、神になるためのトレーニング、いろんなものをエネルギーとして送りますので、体全体で感じ、自分の中の神を見つけていってください。

Aさん、あなたの中にある神は、あなたが目覚めるまでそこでずっと存在し、根気良くひたすら目覚めるのを待ち続けております。あなたの中の神はとても辛抱強く決して諦めることなく、本当の神として行動できる日まであなたの中で存在し続けます。あなたはそこから逃れることはできず、本当の自分の神と繋がるまでひたすら学びを続けるようになるでしょう。どのような学びをしても自分の中の本当の神に繋がるまで自分自身の力が発揮することが難しくなります。自分の中の神に繋がらないでいろんなことをしたとしても、それは自分の勝手な行動になってしまい、神としての行動にはならないからです。いろんなトレーニングと一緒に自分の中にある神にしっかり繋がり、神としてエネルギーを使う、神として癒し、神として人を愛する、まずこれをしっかりと身に付けるようにしていってください。

Bさん、あなたの神は大きな観点からあなたを包み込み、常に外側へ外側へ世界が広がるように働き掛けております。したがってあなたにとって神は自分を大きな世界に導く指標になっており、何かに興味を持つ、何かに意識を向ける、それが神があなたに与えたメッセージであり、あなたはそれに従って進んでいくのです。自分が次何を行なうか、次どこへ向かうのか、それを常に神の意識から探り出すようにしていってください。

Cさん、あなたの神は長い間あなたの心の中で叫び、あなたに常に意識を働き掛けております。あなたにいつも働き掛けている意識はあなた自身が早く目覚め、気が付くこと、自分が地球に来た時の意識を早く思い出すこと、自分がこの地球に来る前に神と約束したことがいくつかあり、それを早く思い出すことです。その神との約束により今のあなたのすべてが存在しています。そして自分自身にそれで気が付くように仕組みをつくり、いろんな経験を通して自分に目覚め、思い出し、そして本来の役割を成そうとしていくのです。すべて自分が神との契約の中で進んでおり、一つひとつの学び、一つひとつの気付きがすべて完璧に契約の通りに進んでおります。したがって自分を疑ったり焦ったりすることなく、完璧な今のペースで進み続け、そして思い出し、神との共同作業に入っていくようにしていってください。

Dさん、あなたの神は常にあなたと共にいながら、あなたと神との関係をしっかりと保持し続けております。あなたの神はあなたに対し、あなたが人間としてしっかりとした能力を身に付け、そして自分自身でしっかりと意識して神に近付いていく、これをあなたが約束してきました。自分は人間として生きながら分からないまま神を求め、神の学びをする、いくら学んでも神が分からず、神が見えず、神を感じない、それでも神を学び、神に近付こうとする、これを続ける意志、続ける力を養うことです。それが神との約束であり、神を見ずとも神を信ずる心、これが真の信仰心となります。そしてたとえ見ることができず感ずることができなかったとしても、神を信ずる心によりすべてが実現可能になること、すべてが完璧にうまくいくこと、これをあなたが証明するのです。神に繋がり神のパワーで実現させるのではなく、神を見ずして、神の力を使わずして、信ずる心だけで全てを成し遂げていく、ぜひそれを完成させるように持っていってください。

Eさん、あなたにとって神は尊い存在でありながら、また極めて身近な存在でもあります。小さい頃からあなたはよく神と遊び、神の中で育てられてきました。あなたにとって神は普通のものであり、違和感のない存在といえるでしょう。これだけ神と親しみながらも、うまく人生がなかなか進んでいかない、神と戯れ、神と一緒にいながら人生がうまくいかない、それは人生をうまくいかすことと神は別であることを学ぶからです。人生をうまくいかすというのは自分自身の人間側の問題であり、神の問題ではないのです。人間がどのような状態であれ、神は人間と戯れることができます。あなたは常にそのように神と戯れ、神と波動を交わすことができました。しかし人間関係や人生をうまくいかすのとはまったく別問題です。神にすがったところで神に頼んだところで人生は良くはなりません。人生を良くするためには人間側の努力が必要であり、自分が人間を好きになり、自分が人生を愛することです。自分を愛し、他を愛し、人生を愛する、人間側の努力により道が切り開かれ、道が進んでいくのです。人間関係が良くなるのも人生がうまくいくのも人間側の努力であり、そして人間が努力することにより神がいたずらをしてきます。偶然うまく出会った、偶然うまくいった、この偶然の神は人間の努力の隙間に入ってくるだけであり、努力していないものに偶然は出てきません。人間側の努力、ぜひそれをかみ締めていってください。

Fさん、あなたの神はあなたを遠くから常に見つめ、愛し、我が子のように育てております。あなたは常に神の御胸の中で育てられ、そして学んでおります。あなたにとって神はまるで親のようであり、包み込んでくれるものであり、支えてくれるものです。分からない時、まるで親に聞くように意識を向ければ神は何らかの思いを与えてくれます。この神はあなたを常に見守りあなたを可愛がっております。あなた自身がここで何を学んでいくか、あなたが神の御胸の中で育ち成長していきながら、どこかで一人歩きしていく、自立していくという時期が必要となります。いつまでも神の手の中にいるわけではなく、自分で歩き出していく、まるで人間がエデンの園から出て行ったように、あなたも神の御胸から出て歩き出す時期が必要となるのです。そして自分で自分の道を歩いていく、神から離れる寂しさを感じていてもそこで自分の中の神を見つけ、決して神は離れたわけではない、神から離れてきたわけではないということも心から感ずるのです。あなたはその前の段階にあり、今はまだ神の御胸の中で暖かく育てられているのです。いずれ自分が自分の道を歩こうとする、自分でしっかりと進んでいこうとする、そういう気持ちが沸いてくるでしょう。その時に恐れることなく自分の道を歩んでいってください。

Gさん、あなたにとっての神は、あなたが神を願っている時はあなたの心の中で確実に存在し、あなたに光を与え、知恵を与えていくでしょう。しかしあなたが神を感じていない時、神はまったく光を出すことができず、あなたとは意識的な繋がりが絶たれた状態になります。自分が神をどう現していくか、自分と神との繋がりがどうなっているのか、まだ心ではなかなか感じ取れない段階となります。いずれ神を学び、神との意識に触れる時期が来るでしょう。自分は神に生かされ神と共にいるという実感を持った時、神はあなたの心でしっかりと光輝き、それからずっと神はあなたのところに居続けるでしょう。まずは自分の心の中にしっかりと神を定着させ、神の波動の中で人生を進めていく、それをしっかりと身に付けるようにしていってください。

Hさん、あなたにとっての神は、ある意味では古い時からあなたと共に歩み、あなたを導き、あなたを成長させてきました。この神はあなたを成長させ、あなたに意識レベルを高めようとしておりました。しかしあなた自身の意識の方が神の意識にうまく同調させることができず、神がいても神の言葉をしっかりと感ずることができず、神の思いをそのまま感ずることもできないで常に変えて解釈していきました。自分の頭の中で自分の都合の良いように変換させたり、解釈してしまうために、少しずつ神の思いが変化していき、本来の神とは違う思いを頭の中でつくり上げ、結局は自分にとって一番良い神が頭を支配するようになっていきました。今自分にとっての神はあなたがつくり上げたあなたの神であり、あなたが心からしっかりと共に歩んでいる神とは違ってきております。頭の中でつくり上げた神を一度手放し、本来の原点に戻り、そして常に自分を進化成長させている神に意識を戻していく、大きな観点から自分を導いている、その神に意識を合わせることが必要となります。自分の都合の良いように意識をすると、自分でつくり上げた神がすぐ現れてきて、あなたの都合の良いように意識を動かしていきます。それに騙されることなく、本来の大いなる神を常に感じ、大きな観点から自分との繋がりをつくり、自分を新しいレベルで進化成長させるように持っていってください。

Iさんの神は、心の中で少しずつ現れてきているあなたの神は、本来のあなたの役割に向け、少しずつ少しずつ人間的なレベルで表現できるように状況をつくっていっております。自分の意識の中で自分が逃げているものや避けているもの、何か自分を困らせているもの、そういうところにこそ神が潜んでおり、それをすべて良い波動で切り抜けていく、否定的なエネルギーではなく、すべてを良い波動でつくり変えていく、今この学びを神が与えております。したがって何か自分の心の中で違和感や複雑な思いが出てきた時は、まさしく神が与えたトレーニングと思い、それを積極的に取り組み、良い波動で克服していく、これによって神との繋がりをより一層深く感ずるようにしていってください。

皆さんの心の中の神、自分の中の神というものをアドバイスしてみました。一人ひとり自分にとっての神は他の人の神とは違うでしょう。自分の神は自分で見つけ、自分で感じ、自分のものとすることです。他の人に言ったところで他の人には通ずることはなく、自分のことは自分にしか通用しません。ぜひ自分の神を見つけ、自分の神と一つになり、そして自分が神となって具現化し、表現できるようにしていってください。それではここまでにいたします、ありがとうございました。


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