前へ戻る
1997/3/12■水曜瞑想会から

まず自分を愛することから始めよう

@瞑想中のシンボルの意味

それでは、皆さん方とお話をします。まず、今、いろいろのシンボルについての話がありました。それに関連したいくつかを先に説明しておきましょう。

まず、Sさんのお墓、封印、鬼の手、とても素晴らしいシンボルが集まっております。あなたのベースチャクラの今の状況を端的に現しております。あなた自身がカルマとしてもってきた今回の人生において、赤いお墓のシンボルはてとも意味があります。いつも感情的なトラブルで人間関係をおかしくして、何度も何度も苦しんだ経験があります。ついつい感情を表に出して、ほかの人に不快感を与えてしまう。そういった経験が何度もありました。今回、それをどういう風にして、それを自分の人生に持ってくるか。

往々にして、自分が一気に感情を表に出して相手に不快感を与えてしまう。これをなるべく控えるように、わざと自分で制限をつくってきました。そのために自分の感情をすべて表に出すことができず、どこかで制限して留めてしまい、残りをうやむやにしてしまう。こういう行動パターンができ上がっております。すべてを曝け出す気にもならないが、それを抑えておくこともできない。そういう状況があなたの行動パターンです。

今、それをどういう風にして自分の人生につかっていくか。感情を出すこと自身が問題なのではなく、その表現の仕方に問題があり、相手に不快感を与えてしまう。相手に不快感を与えない感情の表現の仕方。これが今のテーマです。あなたがその表現の仕方に目を向けるのであれば、封印された感情は表に出てきて、それを表現しても構わないでしょう。ただ、その表現の仕方にまだ自分のコントロールがきかない場合は、すべての感情を表に出すということが難しい状況になっています。

今、それを自分でどうコントロールしていくか。まさにそれがシンボリックに現されております。自分なりの感情の表現、コントロール、そういったことをもう少し考えてみてください。

Gさんの白いヘビ。これもよく現されるシンボルです。人間には一般に白いものはすべて神の遣いであり、良い意味として受け取られております。でも、実際は必ずしもそういうわけではありません。元々、色というのは人によってかなり受け取り方が違うために、すべての人が同じ色で私たちの情報を受け取っているわけではないからです。あなたの場合はあなたなりの解釈の仕方が必要となります。

あなたの概念における白いヘビ。これはある意味では、恐怖を伴いながらも、いずれは自分の役に立つもの、そういう意味が入っております。つまり、自分の表面意識ではどこかに否定的な気持ちを持っていながらも、奥底の方ではいつかは必ず自分にとっての成長の学びであるというのを理解しております。そういう現れとして白いヘビが出てきていると思ってください。

あなたに恐れなり不安を抱かせている問題、でもそれはいずれはあなた自身に成長をもたらし、気づきを与えるために現れている。それが白いヘビのシンボルと思ってください。あなたの人生そのものの中で、自分では不快だとかイヤだとか思っていること、でもそれは奥底では必要な経験であるということを理解している、という現れです。

Hさんの弓状の飾りのようなもの、薄暗い光と真ん中で二つに折られた紙のようなもの。まず、一般的に説明しますと、今回、あなたに行っていただいた世界はあなたにとってのとても大切な意味を込めて現されております。これからのいろんな学びをするためのシンボルともなっております。あなた方がこういう場で学びを続けていくときに、やはり自分の成長を喜びとし、少しでも気づくことを目標としております。

でも、その気づきを普通の人は中々得ることができず、人によってはせっかくの気づきのチャンスを無視してしまうこともあります。自分がせっかく成長できる機会をわざわざ見過ごしてしまうことがあります。一番大きいのは自分の見たくないところを現されたときに、否定してしまったり、自分ではないといってほかの人の所為にしてしまったりしてしまい、これが往々にして気づきを奪ってしまいます。

あなたの場合は、一般的に今、光がないとか光っていないとかいう言葉で表現されていました。まさにその部分の世界を今日、見ていただきました。あなた自身が意識を向けていなかったという意味、それが光がないという意味です。自分が常に意識を向けているところは光っております。自分が意識を向けていなかった世界。やっと見える状態になって現れてきました。

その中で、紙のようなものが折られて現されている。これは非常に難しいシンボルです。ある意味ではあなたに対しての今までの学びのいろんな意味を象徴的に現しております。尖っている、そしてそこで曲がって二つの方向にエネルギーが流れていく。尖っている先端、これは方向性を意味します。ほかの二つ、これもエネルギーの流れですが、支える意味も入っております。あなたが今後、進むべき方向性、それをしっかりと支えている二つの出入口。あなた自身が確実に一つの方向性に進んでいけるかどうか。それを周りの光が見守っております。

あなたが光のない世界においても、確実に光の方向に進んでいけるかどうか。自分が光がないと思った世界に送り込まれたときに、確実に光の方向に進むことができるかどうか。そういったこれからの意味が入っております。自分自身をそれによって信頼することができるかどうか。自分自身が光であるということに気づくことができるかどうか。いろんな意味がそこに含まれておりました。自分なりにいろいろ想像して楽しんでみることも良いでしょう。

ほかに落ちるとか高いところ、そういったシンボルも話されておりました。人によっては高い崖から落ちる、空から落ちる、ビルの屋上から落ちる、こういったのを夢で見る人がいるでしょう。高いところから落ちるというのは、ある意味では魂そのものの今の思いと思っておいてください。皆さん方からすれば、ある意味では魂は高い次元にいると表現することもできます。高い波動の世界に魂がいるという風に表現することもできます。

そこからわざわざ肉体をまとうために、波動を下ろし次元を下ろして体験を重ねている。魂が高いところからわざわざ降りてきて、肉体をまとっている。この状況自身が高いところから落ちているという意味になります。さて、これが何を意味しているのか。

本来は落ちるということを否定的に思わず、それを喜びとして受け取り、落ちてそこでさらに喜びの体験を重ねて愛を見つけていく。これが本来の目標とされています。したがって落ちること自身に喜びを伴っているのであれば、それは完璧であり、わざわざ落ちるという夢を与えることはないでしょう。ところが落ちるという夢を見て不安を感じる。怖くなる、イヤになる。こういった気持ちを持っている人は肉体をまとっていること自身に否定を感じ、不満を持っている人が多いのです。

肉体をもってわざわざ降りてきたことに喜びを感じていないというシンボルなのです。高いところから降りてきたという喜びを心から感じれば、こういった夢はなくなっていくことでしょう。どうぞ、高い魂から肉体をまとっているという喜びをしっかりと感じておいてください。

さて、それとは別に、よく物が落ちる現象を体験する。身近なものを落として壊してしまう。これはとても良いことに気がついておられます。こういう現象一つひとつに意味があるということに気づいただけでも、大変な成長といえるでしょう。物を落として壊す。ほかの人を落として破壊させる。自分がほかの人よりも上でありたいという気持ちが時々入っている人、よくこういう現象が起こるのです。

ほかの人を落として、自分が優位に立つ。こういう気持ちの現れが出ていると思っておいてください。これも本人にとっては認めたくないエネルギーであり、つらいことかもしれません。それが普段、なるべく見たくない、気づきたくない、その意味を知りたくないという現れでもあります。でも、その意味を知りたいという思いを持っているということは魂がその意味を知りなさいというメッセージをわざわざ与えているということであり、自分自身、ほかの人の成長を高めることを望んでいるということをもっともっと意識しなさいというアドバイスでもあります。

こういうことにも意味があるということを理解しておいてください。さて、ついでですので、ほかにも意味を知りたいというシンボルがありましたら、お答えをしましょう。

−時間に遅れるという夢をよく見るのですが。

これもとても素晴らしい意味ですね。皆さんのために、是非とも参考になるテーマといえます。皆さん方は三次元世界で活動しております。朝起きて、歯を磨いて、食事をして出掛け、いろいろ活動して、お昼にはまた食事をして、そして夜の用意をして帰ってきて、夕食をして、皆でいろいろと分かち合って、自分の時間をもって、寝る。違うパターンの人もいますが、多くの人はこういうパターンで活動するでしょう。無意識のうちに、こういう行動パターンを当たり前のようにつくっております。

たまたまお昼の食事が取れないと今日はおかしいとか、たまたま夜の食事がズレていると今日は違うという風に考えていきます。ごく普通の在り方がもうすでに決まっているのが当たり前のように思っていて、それからズレると少しでもおかしいという違和感を感じます。皆さん方は予定通り、時間通り行動することが当たり前のように思っております。

でも、宇宙から見れば、実際には皆さん方はそんな時間とは関係なしに活動を進めているのです。そして現実的に絶対的な時間というのは存在しておりません。一人ひとり、自分だけの時間の流れという概念の中で、現実が進んでおります。今、そういう時間の概念が少しずつ人間から解き放たれ、新しい時代に入ろうとしております。新しい時代では必ずしも、三次元的な絶対の時間が存在しているわけではありません。時空の流れが今とはかなり違ってきます。

したがって自分自身の現実の造り方も絶対的な時間を基準にして行動するのではなく、自分のペースで進めることができます。自分自身が時間の流れをコントロールすると思っても良いです。今、多くの人は、わざわざつくられていた時間という概念を手放し、自分自身が中心となって時間を作っていく、という時期に入ってきております。そしてそういう心の準備が出来ている人には、もう昔の時間の概念は解き放った方がよい、というメッセージが送られてきます。

一般に、時間をまったく無視するとか、まったく時間に関係しないような状況がよく起こる。現実の中でも、時間にまったく無頓着な状況がたくさん起こるようになった。そういったことが気になり出したときには、もう時間にとらわれることは必要ないというメッセージと思っておいてください。

ただ、それとは別に、遅れるということだけが強調されてシンボリックに現される場合、それは何らかの癒しが必要な場合もあります。自分がどうしても時間を守らなければいけないという概念をつくってしまい、それで自分の行動を制限している場合があります。常にきっちりとやらなくてはいけない。一定時刻までにこれをやる必要がある。こういうことをするときには、これを先にやっておく必要がある。そういう制限をつくってしまい、自分をその制限の中で活動しているときに、それを癒す必要があるという意味でわざと常に時間に遅れるというシンボルが現されることがあります。

今の二つの回答のうち、自分の心に合う方を選んで、自分で対処してみてください。ほかに何か、知りたいシンボルがありますか。

−ライオンとか、大きいものから逃げているという夢は。

明らかに、一般的な人間の概念で恐ろしいものとか強いもの、そういったものが現れてきて、自分に襲いかかる、そして自分はそこから逃げる。こういう現象が見えた場合には、自分が何らかの恐怖をまず造っているということ。どういう恐怖なのかをそれぞれの動物や現象で教えてくれます。ライオンの場合は明らかに強いものというシンボルであり、自分よりも力の強いもの。それは一般に職場においては上司であったり、社長であったり、明らかに権力の強いもの。家庭においては、それは父親であったり、もっと力の強いもの。そういった自分をコントロールする強いものの意味がライオンとなって現れてきます。

ほか、それぞれ動物自体に意味があります。あとは動物によって意味が違いますので、一概にいえませんが、その動物の持っている意味、それに対する恐怖、自分はそこから逃げたがっている、そういう意味と思っておいてください。

ほかにありますか。なければ、私はここまでにして、別の話にします。


A自分を愛するということ

こんにちは。今日、私が皆さん方にお話をするテーマは、皆さん方の日常の行動の中でいかに自分に愛を感ずるか、これについてお話をしようと思います。皆さん方は愛という言葉を何度も口にし、そして当たり前のように使っております。でも、一般に人を愛する、男性が女性を愛する、女性が男性を愛する。このエネルギーはよく理解されていますが、自分を愛する、同性を愛する、動物を愛する。これについてはかなり誤解されております。そのうち、自分を愛するということについて、少し、お話をしたいと思います。

自分を愛するという言葉を聞いたときに、ほとんどの人は自分の好き勝手に行動しても良いという風に理解をしてしまいます。これはまったく違います。自分を愛するというのは自分が神であるということを認めることになります。少し、説明をしましょう。

人間は愛することができます。動物が人間を愛することはできません。動物は別の感情、あるいはエネルギーをもって人間と接することはできます。でも、人間が人間に抱いて発揮される愛とは別のものです。人間は動物や人間、自分に対して愛というものを感じることができます。でも、ほかの人に愛という感情が沸き起こったとき、自分の心がとても熱くなり、相手に関心がいき、そして近くに行ったときに喜びを感じる。手を触れ合ったときに喜びを感じる。これは人間同士の愛に入ってきます。

では、自分が自分に愛を感じるのはどういうときでしょう。ほとんどの人はまだこの経験をしていないのです。自分に対して胸が熱くなり、喜びを感じる。こういう経験をした人はいますか。そういわれると、皆、困るでしょう。自分に愛を感じる。実はこれは可能なのです。どのような現象が起こっても、自分は冷静に受け止め、しっかりと見つめ、正しく行動できたとき、よくやった、自分でもできるじゃないか、よく我慢できた、そういう気持ちが沸き起こることがあります。それもハートから沸き起こってきます。

頭で納得したのではなく、胸の奥から、やぁ自分はよくここまでできた、よく我慢できた、よくあの人を許してあげることができた、あんなにいじめられていたのに彼を許してあげることができた、よく頑張った、よく成長した。こういう気持ちを持ったことはありませんか。これは自分に対する愛のスタートです。自分を素直に認めてあげる、自分の成長を喜びとする。

どんなにか辛い目にあって打ちひしがれ、み動きできなくても、そこに意味があり、成長のための経験であるというのを心の憶測で知っており、そしてこれを無事に乗り切った場合に、よくやった、自分でもできるじゃないか。こうやって自分に愛を送り届ける。これは自分を愛する出発点となります。自分を認めてあげる、自分を尊敬する、立派なことです、いつもいつも人にすがり、依存し、誰かに助けてもらうのを常としていたのに、自分で克服し、それを自分で評価できた。よくやった。偉いではないか。こういう気持ちが沸き起こってくる。自分への愛です。

皆さんもおそらくそういわれると、過去に何回か経験したことがあるでしょう。そう、皆、自分を愛した経験が必ず何度かあるのです。これからもそういう気持ちが沸き起こったときに、素直に自分を認め、もっともっと自分に愛を送り込んでください。自分を愛してください。自分をもっともっと評価してください。自分への愛というのはここから始まってきます。

どんなにつらいことがあっても、よく我慢した。よく相手を許せた。やぁ昔に比べると、成長したではないか。偉い偉い。どんどん自分を褒めてください。自分を愛してください。


Bサナンダとマリアのエネルギー

さて、それでは最後にサナンダの高いエネルギーとマリアの高いエネルギー。初めにお話をしてから、エネルギーを感じてもらいましょう。これから流すサナンダのエネルギーはまた特別な特徴をもってここに流してみます。柔らかい雰囲気で感ずるようにしますが、でも本質はとても強い正義に満ちたエネルギーです。皆さん方がどういう状況に陥っても確実に光の方向にもっていく強さを備えたエネルギーです。でも、その強さ、これを常に維持するのは難しいものです。チョットした隙に弱くなり、曇ってしまい、また自分を見失ってしまうことがあります。


その時にでも、ひたすらまた思い出し、我に返り、光り輝くまでジーっとただ見つめてずっと待っている。マリアのエネルギーはその時のエネルギーです。ずーっと我に返るのを待つように、気づかせるようにしてあげるエネルギー。初めにサナンダの優しくも強い正義のエネルギーを流してみます。

これがサナンダ。これからマリアのエネルギーを流します。

これがマリアのエネルギーです。区別がつかなくても、気にする必要はありません。自分なりに練習してみると、だんだん分かってきます。いつでも呼んで、自分で練習をしていってください。それでは今日はここまでにいたします。ありがとうございました。


(c)1997 CentralSun
前へ戻る