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1997/12/21■12月セミナーから

個としての自分の確立と全体としての自分の確立

[事前にキリスト意識、サナンダ意識、メシア、イエス、マイトレーヤ、マリアの説明がある]

@心から何とかしてあげたいと思う気持ちがキリスト意識

私は今、キリスト意識を管理している存在として皆さんの前にやってきました。私たちの役割を先に説明しておきます。今、キリスト意識の管理と述べました。これは正確に表現すると、地球人類に対してどのようなキリスト意識を流し、人類に与えて進化させていくか、それを担当している存在と理解してください。

キリスト意識、おそらくほとんどの人にとって詳しい意味が分からず、またどのようにしてこのエネルギーを使い、自分のものにしていくのか、を理解しにくいことでしょう。キリスト意識というのは人類の進化のために用意された宇宙意識の一つであり、また高度な人間に進化していく場合に必ず身に着けなければならない波動でもあります。

人類は今まで己の楽しみを追及し、自分がただ成長していくということを考えてきました。自分だけが楽しく成長し、自分以外の人間は自分の為に存在している。これが今までの地球人類の考えでした。でも、こういう考えがお互いに争いを起こし、奪い合いを生じさせ、そしていつまでたっても真実の愛が造りり出されないという状況になってきます。

こういう経験を何度も何度も重ねて、いつかの時点で、もうイイカゲンにこんなことは止めにしよう、もうお互いの奪い合いや非難し合うということは辞めよう、と本心からそれを理解するときがやってきます。自分の成長だけを考えていた者は、ほかの者も一緒に成長しないと喜びが得られないということが理解されてきます。富を追及する者も、自分だけが恵まれているのではなく、ほかの多くの者も恵まれていないと自分の真の喜びにはならないということが分かってきます。

こういう状況になったときに、心からの意識の変革が起こってきます。今までの自分の生き方が何であったのか。他人を利用し、自分だけが平和になることを考え、それを喜びとして過ごしてきた人生。これは心からの喜びには何一つ繋がらなかった。それまでの生き方をとてもつらく思い、他人に対して申し訳なさを感じる。宇宙という存在に対して目を向けることができなくなる時期がやってきます。

その時に、キリスト意識が現れてきます。キリスト意識は一人ひとりに心からの理解を示し、あなたの今、感じている責める気持ちはあなた自身の罪ではない。これから大いなる愛を育むために自分で造り出した経験であり、ある意味では自分の成長のために自らつくりあげた種でもある。それを否定的に思ったり、罪のように思う必要はない。

あなたは間違ってきたわけではなく、罪な人間でもない。何一つ、宇宙に対して間違いを起こしたことはない。ただ、自分で何とかしたいという気持ちがあるのなら、その気持ちをこれからほかの命あるものたちに捧げなさい。自分の気持ちを純粋にほかの命ある者たちに捧げようと思う者は私たちがそれを受け取り、そしてその役割が演じられるようにあなた方の意識を変えてあげよう。あなた方は生命を心から愛することができる。そういう意識にあなた方を変えてあげよう。

今まで自分を責めてきた者、何の役にも立たなかったと後悔している者、これからあなた方がその気持ちをほかの命あるものたちに捧げる時期がやってくる。一人ひとりの心の中にある優しさを私は良く理解している。一人ひとりの心の中にある力強さ、人に尽くす気持ち、自分を見つめる気持ちを良く理解している。あなた方の魂はその時がくるまであなた方に試練を与え、経験をたくさん与え、自ら気づくのをただ待っていた。

そして今、自ら気づくところにまで成長してきている。あなた方はいつかは私たちの仲間になっている。宇宙の中で自分のできるだけの力を降り注いで生命のために尽くす時期がやってくる。そこにはつらさは何一つない。迷いもない。あるのは喜びだけである。生命を育む楽しさが心から感じられてくる。

私たち、キリスト意識は人間と一つになるのを今、願っている。人間がそれを望んでいる場合に、私たちはすぐにそこに出向き、全力を出して一つになろうとする。ただ、人間の心は今の段階でまだまだ弱い。すぐに悩み、混乱し、不安を持ってしまう。今、あなた方に与えられた課題がそこにある。私たちと一体となった後でも、何一つ不安を持つことなく、混乱を招くことなく、自分の愛を命あるものに捧げることができるかどうか。生命あるものを自分の愛の力で育てあげる。その喜びを本当に自分のものにしてほしい。


A愛を身に着けても実践しなければ輝かない

私はサナンダ。さて、私が何故、最近、皆さん方に話できなくなったのかを少し説明しておこう。マイトレーヤの波動が今、地球に盛んに注ぎ込まれている。マイトレーヤの波動は一人ひとりを心から目覚めさせ、真実に目を向けさせ、自分が解放されるために一番適切な波動を送り込んでいる。この波動はまだこの地球人類に中々根づかず、いろんな準備が必要とされている。

今、私はこのマイトレーヤの波動の方をいかに地球人類に定着させるか、そちらの方の準備にかかっている。したがってイエスとして認識されている者の前に私が現れると混乱を招いてしまう。キリストではあるけれども、マイトレーヤはイエスではない。そこの混乱が非常に起こってしまう。そのために私はイエスとして私を認識している者の前には現れないことにした。

皆さん方は先ほどの説明で私とイエスが同じではないということを理解している。そのために今、こうして現れることができた。しかしだからといって、私とイエスがまったくの無関係というわけでもない。しかし、それはあまり考えない方が良いだろう。余計に混乱を招いてしまう。

さて、私の方から少し話をしておきたい。マイトレーヤの波動がこれから地球に対して大切な役割を演ずるようになる。この波動は一人ひとりが真の人間になるために、どうしても必要な波動である。自分の本質が何であるか、自分が今、人間として何を行なうべきか。その真実を明らかにしてくれる。自分が何故、いろんなことに興味を持ち、愛することを教えられ、宇宙に拡大させていくか。

それはあなた方は、人を愛するのに十分な資質を備え、宇宙の中で活躍できるだけの大きな意識を持ち、この地球で役割を演ずるだけの肉体を持っている。自分が何であるのか。一人ひとりの心の中にある真面目な気持ち、人のことを思いやる気持ち、人のために尽くす気持ち。これをそのままで終わらせてしまうにはあまりにももったいない。その気持ちを日常生活で何故、もっと使わないのか。その優しさを何故、もっと具現化していかないのか。せっかく身に着けた抱擁力、何故、もっともっと体で表していかないのか。

せっかく身に着けたそのエネルギーが自分だけのもので留まっている。それを少しでもほかの人々に分け与えていってほしい。また、ほかの人から与えられた素直な気持ちをそのまま受け取れるだけの純粋な気持ちも持ち合わせている。それも大いに使ってほしい。自分の素晴らしい気持ちを自分で認めてほしい。少しずつそれを具現化して、ほかの人々に分け与えていってほしい。

頭で勉強して、理解して、素直な気持ちになった。だけど行動が伴っていない。せっかく愛することの大切さを身に着け、愛することができるだけの波動をものにしているにもかかわらず、人とのコミュニケーションをあまりとっていない者がいる。あまりにももったいない。一体、何のために身に着けた愛だったのか。ただ自分が、愛を自分の器の中に入れているだけで、満足しているのだろうか。

愛はほかの人に分け与えて初めて光を放つ。さぁ、皆も胸を大きく開いて自分の愛をどんどん広げていってほしい。友人や家族、仕事の同僚、自分の愛をどんどん広げていってほしい。楽しいではないか。どんどん気持ちよくなっていく。愛は使って初めて輝いていく。ただ愛があると思って心の中に閉じ込めておいたのは、本当の愛ではない。現実の中でそれを本当に使っていくということ。それをこれからやっていってほしい。


B敵を愛することの重要性

まず私たちは少し説明をして、休憩をとります。先ほど少し説明がありましたが、キリスト意識は皆さん方に新たな意識の覚醒をもたらすために波動を送り続けております。そして皆さん方が新しい意識の変革を必要としている時期に今、入ってきております。自分だけをいう意識が皆、同じ人類であり、宇宙の生命体であり、また神から分かれてきた意識であるということ。これに気づく時期に入ってきております。

でも、それぞれ個性がある。別の光が備わっている。自分とは違う素晴らしいものを身に着けている。一人ひとりが皆違う波動を持っている。それに理解を示すことが必要となっております。自分のことだけを考えて、ほかの人のことを考えなくても、今まではそれなりに生活できたかもしれません。でも、これからはそれは不可能になってきます。常に全体の中の自分という意識がない限り、自分が正しく行動できなくなってきます。

自分だけのことを考え、ほかのことを無視していたら、自分の活動そのものが成り立たなくなってくるのです。常に全体の中の自分、全体としての自分、神としての自分を意識することが必要となってくるのです。ただ、こういう意識をどのようにして身に着けていくか。単に頭で理解しようとしても、身に着くものではありません。考えて分かるものでもなく、もっと心の奥底から納得できるものです。

どうやってそれを身に着けるか。これは愛することによって身に着いていきます。敵を愛した者、その中に自分との共通点や役割の違い、お互いに必要としているものが理解されてくるのです。愛した者の数が増えるほど、いろんな人間と自分とのかかわりが理解されてきます。したがってまったく人を愛していない者が急に全体としての自分に目覚めようとしても、それは困難なのです。愛したことによってそれが身に着いていくのです。

したがってこれから大いなる意識の変革が訪れるといっても、それまでにどれだけ多くの人間を愛し、心から理解を示したのか、これがかなりの鍵を握ってくるのです。新しい意識になってから愛そうと思っても、それは無理なのです。先に愛して、いろんな生命とのかかわりを学んでいくのです。何故、今まで愛を何度も何度も説いてきたのか。全体としての自分に目覚めるために、必要な経験なのです。

敵を愛しなさい。それによって自分と敵と思っていた者とのかかわりが理解されてきます。敵としての自分にも意識が向けられていきます。全体としての自分を理解するのに、こんな近道はありません。人を愛する。お互いに認め合う。許し合う。尊重し合う。これは全体としての意識を身に着けるのにとても必要なものです。

愛がないから愛せないと思っている者がいます。これはまったく意味が違います。愛はいつどのような状態においても行動に表すことができます。たとえ自分がつらく、貧しく、困難な状況に陥っていても、愛を与えることは可能です。自分が恵まれているときだけ、愛を与えることができる。これはまだ愛を物質的なものという認識にしか理解しておりません。愛はそういうものではありません。愛は物質ではありません。いくら愛したからといって減るわけではありません。真実の愛を経験を通して身に着けていってください。


私たちはここで少し休憩をとります。ありがとうございました。


[キリスト意識と一体化するエネルギーワーク]


C自分の愛が評価されなかったとしても非難しないように

私たちは今、皆さん方にまた新しい情報を伝えようと思ってやってきました。


私はあなた方の言葉でイエスとして肉体をまとった大元のところからやってきています。意識というものはこの宇宙の根本のところから働きかけ、現象を造り、成長を促しております。この一つの根本の意識からそれぞれの意識の波動に応じて個性化し、そして表現をとっていきます。今、皆さん方の肉体の一つひとつに中に皆さん方の意識が芽生えております。この意識をずっと辿っていくと、私たちの大元に辿り着きます。私たちは一人ひとりを仲間としてお迎えに来ました。決して、高い者とか自分とは格の違う者とは思わないようにしていただきたいのです。

私たちも、その本質は皆さん方の意識の大元と同じところから出てきており、そして違う体験を通して違う経験を自分のものにしようとしております。でも、その本質はあなた方と同じであり、決して私だけが優れているとか、光っているというわけではありません。また、私たちも皆さん方を愚か者とか、未熟な者という風には思ってはおりません。

ただ、肉体をまとっているこの意識にあまりにも限定しすぎ、その本質を見失っているという状態にあるということを私たちは理解しております。でも、それが悪いとか、未熟だとかいうつもりは何一つありません。これから地球の大いなる進化に向け、皆さん方の意識も本質の方にずっと向けていって欲しいのです。

確かに現実の生活の中で、いろんな混乱があり、悩みもあるでしょう。分かってくれない人、理解してくれない人がいるでしょう。でも、そこに意識を向ける必要はありません。そういう人間はそういう学びを必要としているだけです。あなた方はもう、そういう学びを必要とはしていないのです。なぜならば、あなた方の本質は私と同じであり、十分に自分に目覚めていることが分かっているからです。

自分は肉体の人間ではない。肉体の形を借りてはいるけれど、これが自分のすべてではない。自分の本質は大いなる大いなる大元のところに繋がっている。それをあなた方はもう理解しています。そして私たち、あなた方が神と崇め、悟ったものとして捉えていた私たちもあなた方と同じように肉体としてつらさを学び、苦しさを学んできました。その上に今、一なる大いなる存在たちが私のところにやってきて、いろんな手だけをやってくれています。

私も皆さん方と一緒にこの地球の新しい時代のために、自分のすべてを注ごうと思っております。私はできれば、本当に肉体のままで皆さん方の目の前に現れ、手を取り合って分かち合いたい。私がイエスだ、そういって一人ひとりと抱き合い、これからの時代に向けて誓いを立てたい。ただ、私はまだ今、やるべきことがあり、まだまだ皆さん方の目の前に現れることは許されていない。でも、いつの日かは必ず、皆と手を取り合って、喜びを分かち合いたい。皆も隣人とともに愛を育み合いながら、自分の意識を大いなる本質に向け、私たちと共に学びを続けていこうではないか。

私は一部の者から神として崇められたり、特別な人間のように思われたことがあった。でも、こうやって話して分かるとおり、私は人間的な感情を理解することができる。一人ひとりの悩みや苦しみもよく分かる。愛したい、でも中々行動に移せない、その気持ちもよく分かる。でも、私が私であるためには妥協することは好んでいない。やはり愛せないことを正当化したくはない。私は常に愛したい。

少しでも愛を身に着けたいと思う者には私は全力を出して守っていきたい。私は愛のない者によって地上から離れることになった。しかし私は何も後悔はしていない。当時はそれでもやむを得なかった。しかし、今、愛する者が愛のない者によってつらさや苦しさを経験している。これは2000年前と同じである。何故、愛する者が愛のない者から非難されるのか。何故、愛が正当に評価されないのか。

愛のない者の嫉妬や恨み、反感によってせっかくの愛が愛する者を苦しい状況に追いやっている。愛のある者には私はそれ以上の愛を与えたい。人を愛そうとする者には何十倍もの愛のお返しをしたい。人間は誰しも口に出す。愛してやっているのに、分かってくれない。確かにそういう現実が存在する。確かに愛したつもりのエゴや傲慢さが入っている場合がある。

でも、その人はそれなりに一生懸命、相手を愛していた。傲慢であり、自分勝手であったかもしれないが、自分なりに愛していた。せめてそれだけでもどうして分かってあげないのか。それだけでも受け取って良いではないか。ホンのわずかな愛と大きな傲慢さがあっても、ホンのわずかな愛に目を向けていってほしい。相手の傲慢さに必要以上に目を向けることはない。人から愛してもらうということだけをいつも考えていると、愛してくれないときの傲慢さばかりが目についてしまう。

愛は難しいと何度も皆から言われてしまった。イエスの愛は厳しいと何度も何度も言われてしまった。私の愛はそんなに難しかったのだろうか。単に人を許すことがそんなに難しいことなのだろうか。私は皆と本当に愛を育み合い、この地球に人類の愛を広めていきたい。人間がいかに素晴らしい愛を発揮できるか。人間が本当に心から愛を出せば、どれだけ地球が素晴らしい惑星に変わっていけるか。私はそれを本当に身をもって皆に理解してほしいと思っている。

愛そう、愛そうとするばかりに、他人の愛に嫉妬し、自分のできない愛にばかり目を向けてしまう。もっと自然に、楽に、愛を表現していってほしい。考えて、考えて、作戦を練って相手に愛を与えるのではなく、普段、何気なく喜びを表現し、一緒にいる楽しさを現していってほしい。私たちはこの地球に愛が本当に根づくまで、全力を尽くして一人ひとりに愛を訴えていくだろう。

でも、難しく考えないでほしい。固く考えないでほしい。あなた方の本質が私たちと同じであり、同じ仲間であるということを心から味わってほしい。特別に思わないでほしい。私たちはあなた方がここにやってくる限り、あなた方に精一杯の教えを与え、そして共に歩んでいく方向を教えてあげよう。

自分の愛が正当に評価されなかったからといって、相手を非難してはいけない。たとえあなた方の愛がほかの人から無視されたとしても、私はその十倍、あなたを愛してあげよう。だからこれから相手に不満を言うのではなく、自分の行動を信じてただひたすら新しい時代に向かって進んでいってほしい。私は常にあなた方と共にいる。決して忘れないでほしい。私はイエス。


D自分の本質を探すのは永遠のテーマ

マイトレーヤとして今、やってきました。皆さん方と深い繋がりができつつあり、とても喜びを感じております。一人ひとりが、自分が何であり、いつになったら自分がスッキリするのか、それを何度も何度も追い求め、分からず、混乱を続けてきました。自分が何であるのか、これは永遠のテーマなのです。今すぐに分かるとか、教えてくれるというものではないのです。仮にアセンションしてもやはり自分の本質は分かりません。常にまたその本質に向かって成長を続けていきます。ですからあまり焦ったり比較したりしないで、自分のペースで自分を表現し、自分の意識を拡大させていってください。

私たちは日本人に対して、いろんなことをやっていただこうと準備を進めております。日本人がこれからどのように意識を変えて、世界にその影響を与えていくか。日本人の言動が世界にどのような影響を与えていくか。今、そこにとても大きなテーマが与えられてきています。そのために私もイエスもマリアも、一生懸命、いろんな準備を進めています。皆さん方も自分を低く評価したり、自分をダメなようにレッテルを付けてしまわないで、もっともっと大きく、明るく、力強く成長をしていってください。


Eとにかく行動すること(マリア)

私はマリアとして、今、降りてきました。私たちも今、いろんな準備を重ねて日本人と地球と宇宙、この関係の作業を進めていっております。でも、だからといって日本人が選ばれた民族だとか、特殊な民族とは思わないでください。かつてアメリカ人が偉大な貢献をしたように、かつてローマやイタリアの人々が偉大な貢献をしたように、今、日本人が世界に貢献をする時期なのです。

いつまでも、自分たちの光をわざと曇らせたり、わざと見えない方向で輝いているのではなく、世界に向かって光を放ってください。調和の持つ美しさ、秩序を保つ安定感、安らぎ、全体としての平安、一人ひとりの価値観と全体の価値観が一致することの素晴らしさ、これを世界に表現していってください。

あなた方はもう十分にその術を身に着けております。一人ひとり、あとは行動するだけです。もらうものはすべてもらっております。あとは行動だけです。是非とも、表現をしていってください。


F自分は神、自分はキリスト、自分はメシア

私たちが最後にお話をして終わりにいたします。今日はキリスト、メシア、これらについてとても大切な情報が与えられました。本当に私たちはその本質のところを理解していただきたかったのです。一人ひとりがキリストであるということ、自分がメシアであるということ、自分が愛を十分に発揮できる人間であるということ、そして人類が全体で一つの意識体であるということ、それを良く理解していただきたいと思っております。

これからもいろんな情報が与えられ、皆さん方もいろんな学びを続けていくでしょう。でも、私たちは今、本当に純粋な情報を皆さん方に与えております。できれば、ほかのいろんな情報に惑わされることなく、この本質を常に押さえていったまま理解を進めていってほしいと思います。

そして自分は何者であるのか、この永遠のテーマ、これも常に自分のものとして身に着けていっていただきたいと思います。自分の本質を理解すればするほど、自分は神であり、また自分はキリストであるということ、これが理解されてきます。あなた方一人ひとりに聖なる祝福を与えて終わりにしましょう。

それではありがとうございました。



付録:参加者の感想

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