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2002/8/5■月曜交流会から

仲間意識の持つ落とし穴

@同じ波動の仲間を求めようとする愚かさ

私たちは光のハイアラーキーの仲間としてお話をいたします。ここに来るまでにいろんな学びをし、自分にふさわしい体験を経てやってきました。一人ひとりが自分が何者であり、どこに向かい、何をするのか、何故自分はこういう現実を創ったのか。今体験している現実が本当に自分に一番ふさわしいものだろうか。いろんな思いを持って体験をしているようです。

皆さん方の世界ではもう何度も語り継がれ言われている言葉に、今の現実が皆さんに一番ふさわしい現実であり、一番最良のものであると。自分にふさわしいものがすべて与えられ、この現実の中からすべてを手にすることができる。もう自分の欲しいものがすべて現実の中にあり、現実を見ると自分のすべてが分かる。太古の昔からこう語り継がれております。

皆さんが宗教、哲学、いろんな思想家たちの言葉の中からそれらを見出すことができます。そして、それを信じて現実を調べ、他の人を調べ、自分を知ろうとしても中々確信には辿り着きません。少しずつ少しずつ近づいてはいるものの、自分の確信になかなか辿り着くことはできません。

ほんの少し自分の正体が見えたと思えば、またすぐに別の視点から自分の正体を見せられた時、自分の正体だと思っていたものは単なる側面であり、本当の姿ではない。また別の自分に気付き、これこそが自分だと思っても、また別の自分の側面が現れてきて、また自分が分からなくなる。こういう学びを何度も何度もやってきております。

こういう体験の仕方はほとんどすべての人に共通しているでしょう。自分を知ろうとして情報を手にし、知識を手にし、瞑想やワークを通して感覚で受け取る、直観で受け取ってきました。そして、確かに何らかの成果が得られ少しずつ自分の姿を知ることができ、感ずることができてもどうしても確信には至りません。

自分は何なんだろうか。今まで手にしてきたものが本当に自分なのだろうか。本当の自分は今まで自分だと思っていたものをすべて集合させたものが本当の自分なのだろうか。何度も何度もそういう学びをしてきました。おそらくこれからもそういうやり方で皆さん方は学んでいくでしょう。情報を手にし、知識をベースにして自分を探っていくでしょう。でもやはり、常に疑問は尽きることなく、自分は何なのか、また歩き出すことになります。

三次元の現実の中に自分を探すヒントはあります。自分に寄ってくる人、一人ひとりの言葉に自分を見つけるヒントが入っております。にもかからずなかなか自分のことが見つけられない、分からない。まず一番の大きな理由は、現実は他人を見て、自分を見つけるというやり方がまだ三次元の物質的なものにかなり気をとられていて、本質的なもの、本当の自分に近づくことができない解釈の仕方をしております。

他の人と話をしていて、他の人のところが気に食わなくなったり、感情的に嫌になってきて、ああ自分もそういう気持ちがあるんだろう、自分もそういうことがあるからこういう人と関係しているんだ。自分の心を癒し、浄化して、少しでも本来の自分に戻っていこう、こういう考え方で他の人とのやり方を変えたり、自分を知る学びを進めております。

ただこういうやり方をいくら繰り返したところで自分を知ることはできません。三次元的なこと、私たちの観点から見た時、感情にしても三次元的な物質に見えます。感情的なものや三次元的な概念にとらわれていても、それは皆さんの本質的な姿とはまるで違うのです。

感情が分かり、概念が分かったとしても皆さん方の本質を見つけたことにはなりません。肉体がどうであるのか、あの人の体がどういう肉体なのか、そう探っているのと同じように、感情や思考を探っているだけであり、その人の本質的なものを探っているのではありません。

自分の本当の姿を見つけたければ、思考や感情を通り越したさらに奥のレベルの自分を見ていく必要があります。奥の自分を見る、その方法として現実があり、他人がいるのです。他人や現実をどういう風に使って奥の自分を見ていくのか。

感情的に気に食わない相手がやってきた、自分には苦手なタイプ、相性の合わないタイプの人がやってきた。きっと自分にもそういう嫌な心があるんだろう。自分の感情があまり正しくないんだろう。そういう考え方で感情を癒し、浄化することを考えてきました。

自分にとって苦手な人、嫌な人がやってきたという現実をまず先に認める必要があります。自分が嫌と思おうが思うまいが関係なしに、こういう現実が与えられている。宇宙から見て一人ひとりがどういう感情で反応しようがそれは関係ありません。その人が必要だから目の前にやってきています。その人の何が自分に必要なのだろうか。今自分ではその人の何かを必要としている。だから目の前にやってきている。その人は自分にどういう役割をしようとしているんだろう。自分はその人にどういう役割をしようとしているんだろう。それを考えていく必要があります。

考え方が違い、環境が違い、家庭が違う。そういう他人が目の前にいる。自分は何ができるんだろう。まずその人と話しをしてみた。趣味も仕事も家庭もまったく異なり、共通点がない。話が進まない。沈黙が続く、でも宇宙は何らかの意味を持って目の前にその人を持ってきている。何故だろう。

宇宙の観点から見た時、スピリットのレベル、ハイヤーセルフのレベルでとても大きな意味を持つ場合があります。宇宙はスピリットのレベルで見た時、絶対に取り入れることのできないエネルギーをその人が持っており、今その人の肉体を通じてしかエネルギーを受け取ることができない、今この瞬間が唯一そのエネルギーを獲得できる時空に入っており、今唯一その人から素晴らしいエネルギーを取り入れることができる。そういう時に自分にいろんな人を連れてきます。したがって三次元の肉体は、自分の宇宙と相手の宇宙と接点になっており、三次元の肉体を通してエネルギーの交流が行なわれていきます。

三次元の肉体が何も感じない、何も分からない、でもそれで十分なのです。皆さん方が人の前で話しづらく沈黙が続き、何も会話がなかったとしても意識のレベルやオーラのレベルではものすごく変化を起こしている場合があります。それでエネルギーの変化が起こり、それまで何年かかってもできなかった変化が一瞬にして行なわれる場合もあります。それによってその人のスピリットのレベルでまったく色が変わってしまう場合もあるのです。

そういった意味において皆さん方は現実というものを改めて理解し直す必要があります。現実を通していろんな人と直接出会うことができる。いろんな宇宙からやってきた人、いろんな次元からやってきた人が肉体を使うことによって交流できるのです。

肉体自身がそれを理解できない、分からない。皆さん方はそれに不満を抱き、疑問を抱き、時々自分を責めたりしています。自分は分からないから人間として正しいことをやっていない、自分の役割が分からないから人生として失敗だ。皆さん方が勝手にそう信じ思い込み、自分を責めております。スピリットの観点から見た時、皆さん方が分からなくても何の問題もありません。分かることを望んでもいません。分かるように特訓するということもまずありません。

皆さん方はそんなことを意識する必要はないのです。ただ信じてもらえば十分なのです。誰か人が目の前にやってきた。スピリットのレベルでは何らかの波動のやり取りや、エネルギー交換、連携プレーなどのようなものがしょっちゅう頻繁に行なわれ、スピリットの世界でも変化がどんどん進んでいきます。でも皆さん方は今の段階ではいちいちそれを理解したり、気にする必要は一切ないのです。分からないからといって未熟とか、劣っているということもまったくありません。分かっているから進んでいるということもありません。そんなことを誰も要求していないからです。

では皆さん方は三次元で何をするのか。単純に喜びを創っていただきたい。いろんな人といろんな喜びを創り、放出していく、それで十分なのです。三次元の世界はいろんな人が交わることができ、いろんな人種、いろんな宗教、いろんな国々の人と直接肌を通じて交わるのです。

これは三次元だけに許されたメリットであり、スピリットの世界では一切することができません。皆さん方の肉体を通じて交流し合うことしかできないのです。でも皆さん方は三次元でいろんな人、いろんな国々の人、いろんな宗教の人と交わり合い、意識を広げ、喜びを見つけていって欲しいのです。いかに三次元の中にいろんな喜びがあり、宝が隠され、ミステリーが潜んでいるのか、そこに意識を向けていただきたいのです。

この三次元の中にもいろんな神秘が隠され、とても面白いものがあちこちにあるのです。でも誰もそれを見ようとはしません。見つけていないのです。あちこちにたくさんの神秘があり、喜びもあるのに、誰一人目を向けないのです。皆さん方が目を向けるのは、他人と比較して、まだ自分はこれができない、自分はこれが劣っている、まだ未熟、あの人の方が先にやっている、こういうところばかりに意識を向け、本当の輝いているところをまったく見ていないのです。

他の人の心を見て、なんて美しいのだろう、なんて面白いことを言うのだろう、なんてこの人は特徴的なことをやっているんだろう、いくらでも喜びはそこにあるのです。あっちこっちに面白いことが横たわっているのです。にも関らず、まだそれができない、私には他の人の喜びが分からない、喜びを見つけることができない。すぐそういうところに意識を向けてしまうのです。

喜びにしても苦しみにしてもはじめからそこにあるというよりは、いかに自分で見つけていくか、気がつくか、そこが一番のポイントになります。でも三次元の世界は辛いことばかり、争いや戦いばかりで面白くない、喜びが全然ない、そう思っている人には楽しいものがほとんど見えてきません。そう思った通り、嫌なところや争い、辛いことしか見えてこないのです。

でも、この三次元いろんな人がいてそれぞれ一生懸命一人ひとり生きていて、それぞれ自分の家庭があり、自分の人生があり、自分は何者かを一生懸命探っている、皆自分のやり方で、自分の宗教を何とかして自分で創ろうとして学びをし、体験している。一人ひとり皆必死になって生きているのです。

一人ひとり自分は何者であるか探ろうとして一生懸命頑張っているのです。その人の素直な気持ちをそのまま聞いてみて、感じた時、なんてこの人は一生懸命やっているんだろう、確かに言ってる内容は自分にはまったく当てはまらないけれども、なんか分からないけど、一生懸命やっている。自分とはまったく真理が違うけれどもとにかく一生懸命やっている。そう感じたら素直にそれを認めてあげる必要があります。

自分の真理に近いから良い人とか、自分の話を聞いてくれるから良い人という基準は捨て去る必要があります。そういう基準自身がエゴであり、自分の仲間を増やそうとしている意識にしかすぎません。これは宗教の出発点になってしまいます。決して自分の仲間を増やそうとか、自分を分かってくれる人を見つけようとする必要はありません。自分が他の人のことを分かってあげればそれで良いのです。

自分と他の人の関係において、一人ひとりが一生懸命生きている中で自分も一生懸命生きていて、お互いが一生懸命生きている時に、何故意見が違うからといって対立するのか。何故離れることを宣言するのか。元々一人ひとり真理が違い、違う宇宙を歩いているため、離れるとか一緒になるとかいう考え自体無意味なのです。

それぞれの一人ひとりの求めるべき真理が違っているために、自分を探し、真理を探すという段階においては一人で行なわねばなりません。それと三次元的な世界を一緒に暮らし、喜びを分かち合うということは別問題になります。皆さん方の多くが一緒に生活するならすべて分かってくれて、すべて認め合い、すべて理解し合う仲でないとうまくやっていけない、こう思っているようです。

これは一見納得しがちであり、分かりやすい真理のように見えますが、私たちの観点から見たら、やはり人間の執着にしか感じられてきません。単に自分の仲間を求め、増やし、自分を正当化している言動にしか感じられないのです。自分と同じ波動の人と一緒に暮らす、分かってくれる人とだけ一緒に住んで楽しい生活にする。これは結果的に戦争をつくりだしていきます。

分かってくれる人と分かってくれない人、自分に合う人と合わない人、最終的には良い人悪い人という分類を創ってしまい、どうしても二つのグループに分けてしまうのです。自分の敵か味方か、自分にとって良いか悪いか、どうしてもそういう感覚は生まれてきます。分かってくれる人と一緒に過ごす、理解してくれる人と一緒に過ごす、一見良いように見えてこれは争いだけを創りだしていくのです。

元々一人ひとりの考えが違い、生き方が違い、求めるものが違うということを前提にたち、その上で意見が食い違っても三次元でお互いに喜びを見つけようとして一緒に生活する、一緒に仕事をし、一緒にサークルを行なう、これはとても良い生き方になります。また皆さん方が学ぶべきポイントもそこにあります。

同じ考えの人、気持ちの分かってくれる人と一緒に生活し、学び合い、仕事をするのはやりやすいでしょう。一つの方向に向かう時、うまく進み、合理的であり、成長が早いように思えるでしょう。でもそれはとんでもない勘違いであり、後になってみると落とし穴になっています。結局その時の自分の思いと違う人を仲間と切り離したり、分かってくれない人という風にレッテルを貼ったり、自分とは違う世界の人という分類をして遠ざけてしまいます。

気がついたら自分一人で自分の領域の中で生きているだけであり、他の多くの人に門を開けてはいません。いろんな人といろんな話をしたり、いろんな交流をしながら三次元を楽しく分かち合っていく。こういうことを前提にした時、自分の気持ちを分かってくれる人、理解してくれる人を求め、そういう人とだけ相手をすることは実際には、自分にとって落とし穴に陥っている状態になるのです。

皆さん方の世界においては、すべてを分かってくれる人は神しかいません。人間的な存在ですべて分かってくれる人はありえないのです。ただお互いに協力し合い、助け合うように創られています。そして誰もがそれによって自分を見つけ、自分の道へと歩くことができるのです。

現実の生活の中で自分が何を求め、どこに向かうのか。この本質的なテーマを抱えた中でなおかつ自分と宇宙観の違う人と一緒に遊び、喜びを感じ、いろんなことをやってみる。価値観のまったく違うもの同士が集まって喜びを見つけていく、それこそが私たちの願いなのです。

一瞬にして自分の正体がすべて分かり、他の人のことについてもすべて見抜くことができる、そういうことを私たちは望んではおりません。今の現実をただ喜びを感じて、いろんな人と交わっていく、喜びを見つけていく、それを願っているのです。

自分について知ろうとしてやはりもどかしいでしょう。中々正体がつかめず、分かろうとしても少ししか分かることができず、核心に中々迫ることができない。何をそんなに焦っているのでしょう。何故すぐに答えを必要とするのでしょう。少しずつ少しずつ分かって十分ではありませんか。何故一気にすべてを手にしようとするのでしょう。

そんなに焦る必要はありません。そんなに急ぐ必要はないのです。ゆっくりゆっくり今を楽しみながら、少しずつ自分を見つけていく。それで何の問題もないのです。自分のペースで自分の世界の中でリラックスし、喜びを持って現実を楽しむようにしていってください。


A知識があるから喜びが多いとは限らない

一人ひとり生き方が違い、宇宙の流れが違うことは、もう何度も述べております。でもどうしても他人と比較したり、他の人がうまくやっているとそれを真似しようとしたり、気になる気持ちはよく分かります。他の人が少しでも自分より先に行き、うまくやっているとその人が多くの喜びを持っているかのように感じてしまうからです。しかし喜びというものは、知識や智恵があるからたくさん喜びが感じられるというものではないのです。よく知っている、もう分かっている、だから喜びが多いとは限らないのです。

皆さん方はまるで知識や情報をたくさん手にすると喜びも手に入るかのような勘違いをしております。たくさん分かっている人を見るとうらやましくなったり、いろいろ気になったりする場合があるでしょう。でも実際には情報を手にすると責任も手にすることになり、それ相応の新たなる現実がやってきます。手にしている情報や知識にふさわしい行動が求められるために現実もそのような現実に流れていきます。

真理を手にしているから喜びが多いとは限りません。真理を手にている分だけ現実をしっかりと生きていく必要があり、その責任ある行動が必要な現実が次々とやってくるのです。もしほんの少しでも自分が他の人よりも真理を手にし、よく分かっている、もしそういう気持ちがあるならば、それにふさわしい行動を取っているかどうかを見る必要があります。本当にそれにふさわしい行動をとっていると確信できるのであれば、いちいち自分は知っているとか、分かっているという言葉を口に出すことはなくなっていきます。

本当に分かっていくとその現実に対する責任がはっきり分かるために、いちいち自分は分かっているとか、知っているとかいう言葉を口に出すことができなくなってしまうのです。したがって何も分かっていないものほど、私は真理を知っている、私はすべてを知っているという表現をとるのです。これは何も分かっていない人の言葉なのです。

自分が本当に分かったとき、寡黙になり、その中でしっかり責任ある言動をとるようになっていきます。しかし他の人がそういう風に言ったからといって、そのものを下に見たり、愚か者扱いする必要はありません。自分はどういう生き方をしているのか、ただ自分の生き方に意識を向けていってください。


私たちの観点から見てアドバイスをしていきます。

Sachikoさんの現実を見た時、あなたの現実の流れがとても面白く、あなたの意識との統合が着実に進んでおります。あなたの思うこと、考えることが現実に現れやすくなっており、それは以前よりはかなり深いレベルで起こってきております。本来その現実にもっと意識を向け、現実の変化を見ていったとき、自分の変化が見えてきます。今はまだ実感として得られていないかもしれません。自分と現実を繋ぐエネルギーをもう少し分析し、それを解明することができたとき、自分のどの部分が現実と密接に繋がっており、現実を変えるためにはどのエネルギーを使えば良いのか、それがだんだん見えてくるでしょう。そしてそれが分かってきた時、現実はあなたのペースでもっともっと進むようになっていきます。

Kenjiさんの現実を見た時、あなたの現実にはとても輝かしいオーラの流れがあります。あなたのオーラのレベルが現実にかなり介入し、オーラのレベルで現実をコントロールしつつあります。これは意識というよりはオーラの方が優先しており、どちらかというとあなたの個人的な高い波動のレベルが現実に反映しております。したがって感情ではなく、もっと知性的なもの、奥深い智恵のようなものが現実に影響を与えていきます。自分の身につけてきた深い知恵、知識体験、こういったものが現実に現れやすくなっています。自分が何か真理を悟った、何か神の実感を感じた、そうするとそれに見合った現実が現れてきます。ああ宇宙はこうだったのか、そう感ずるとそれにふさわしい現実が流れてきます。そういう現実との繋がりができており、その部分をさらに成長させると感覚的なもので自分と現実が一体化していきます。そのコツを掴んでいってください。

Mariさんの現実を見た時、あなたの現実に喜びが見えております。この喜びはあなたの心から創り出される喜びと、あなたに喜びを持ってくる人間によって創られる喜びがあります。そしてあなたはその喜びをとても敏感に感じ、喜びを持ってきた人に対して自分の喜びで迎え、受け入れ、接するという波動があります。自分に喜びを持ってこない人には喜びで迎えることができない波動にもなっております。したがってあなたに対して喜びを持ってくる人以外の人、喜びを持ってこない人でも、自分の喜びを表現し、その人に与えていく、それが次の段階になっていくでしょう。自分に喜びを持ってこない人に対しても喜びを持って接する、そういう意識を持って現実を進めてみてください。

Naomiさんの現実を見た時、あなたの大きなエネルギー波動は現実にも影響を与えております。現実もとても豊満なエネルギーに満ちており、このエネルギーは実に多くの様々なエネルギーが入っております。あなたの現実にはそれにふさわしい人々が近づいてきます。その大きなエネルギーを求める人、その多くのエネルギーを必要としている人、いろんな人があなたの現実の中に現れてきます。そしてあなたは、そういう人々との間でエネルギー交換を行ない、やり取りを通しながら、その人のエネルギーに混乱したり、惑わされたり、分からなくなってしまう状況があるようです。あまりにも多くのエネルギーを自分が持っているためにいろんなタイプの人がやってきて、自分で分類できなかったり、分析できず、対応に苦しむ状況があるようです。いろんな人がやってきた時、無理にそれを分類したり、コントロールしたり、分析しようとする思いは一切持たないでください。あなたの意識や思考で、やってくる人すべて分類したり、うまく流れをつくるということは諦めたほうが良いでしょう。あなたが持っている多くのエネルギーはそれを超えており、そういう思考では及ばないところにいろんな種類のエネルギーが潜んでいるのです。したがって、自分でいろいろ考えたり、分析する以前にまずその人を受け入れていく、いろんなエネルギーの持ち主がやってきたことを素直に喜びとして感じ、そしてエネルギー交換を行ない、それ自体喜びとして受け入れていく、ただその練習をまずしていてください。そしていろんな人との間でいろんなエネルギー交換ができるということが分かった時に、はじめて何かが見え、そして次の段階に入っていきます。あなたはこの次の段階に入る直前に達していながらそこでずっと同じ所で留まっております。これから先へどうやって行くか、そこで困っているようです。いろんな人をまず受け入れる、まずそのまま接していく、そこからヒントを見つけていってください。

Masahiroさんの現実をみた時、あなたの現実は日本の畑のようにいろんな種がそこに宿っており、そしてそれを見つけ、あなたがそれを育て刈り取り、そして自分がそれを体の中に取り入れていく。あなたは現実をそのように楽しんでおります。現実の中に隠されたいろんな種を自分で育て、これはどういう実がなるんだろうか、どういう果実になるんだろうか、どういう木になるんだろうか、あなたはそれを楽しみにして、一つひとつ養い、育て、そして収穫の時に体の中に取り入れていく、そんなやり方を取っております。したがって現実はあなたにとってとても肥沃な大地であり、果実がいっぱい実った畑であり、また可能性がいっぱい秘められた大地でしょう。あなたはそういう素晴らしい現実の中でただ喜びを持って生きております。これはとても大切なエネルギーであり、どうしてもこの日本に定着させていただきたいエネルギーでもあります。あなたがただそれを喜びとして生きていくだけで、そのエネルギーは地球に残されていくでしょう。是非とも生きている間、24時間いつでもその波動を地球に定着させ、多くの人がこの喜びを体験できるようにワークをしていってください。

Ritsukoさんの現実を見た時、あなたの意識的な成長がどんどん進んできており、それに伴って現実の感じ方も変化してきております。もう今現実はあなたの手の届く範囲で動いており、あなたがコントロールしようとすれば、いくらでもあなたの味方になる現実になっております。これまでは現実を味方とは思うことはできませんでした。自分の手の届くところにはありませんでした。でも今現実は確実にあなたの手の届く範囲にあります。あなたの思い一つで現実を自分の思う通りに変えることができるようになってきています。この現実の中で改めてあなたは何をするのか。現実をコントロールできるようになった時自分は何をするのか。いろいろ悩んでいくでしょう。自分は何ができるのか。でもあなたはいつかそれを気付く時がきます。これをするために地球にやってきたんだ。これを是非ともしないと自分の意味がない。それが分かる日がやってきます。その日がやってくるまで今のペースで学びを続けていってください。

Shogoさんの現実を見た時、あなたの大きな大きな光の器がさらに均整がとれ、整理され、そしてとても機能的に、また精密に動いております。あなたの創り出す現実はとても精緻で、細やかで、一瞬の隙もなく、きめ細かく正しく動いております。ここから創り出される現実の波動は多くのものを喜びに導いていきます。失敗がなく確実に保証できるため、どうしてもこうしなければならないもの、確実にこうあって欲しいもの、そういう神の計画に必ずあなたが入り込んできます。宇宙の大いなるマスターたちがいろんな計画を創り、是非ともこれだけは間違っては困る、これだけは人類がこれを選択する必要がある、そういう時に必ずあなたの波動を使うことになっております。それによって人類は一歩一歩細かいレベルで神の意志のところに進んでいきます。あなたのその精緻で素晴らしい波動を常に神の近くに置いておいてください。

Yukikoさんの現実を見た時、あなたの現実はとても大きく他の人の現実に影響を与え、揺るがし、勇気を与え、愛を与え、また、行く先々で振動を起こしていくでしょう。これはあなた自身の持っている特徴の波動であり、変化の時にどうしても必要とする波動でもあります。眠っているものを揺り起こし、留まっているものに刺激を与えるために必要な波動といえるでしょう。ただこの波動はまだまだ十分にコントロールされていないために時々自分の意志とは違う波動を使ってしまう場合があります。自分の意志が強いときに手段を選ばずして、その波動だけが現実をつくり、無理矢理流れをつくってしまう場合があります。流れだけを考えていくと手段を気にしない状況が進んでしまうのです。やはり現実に喜びをもたらすためには手段、方法、やり方一つひとつ細かく考えてみる必要があります。流れ、結果だけが良いとするのではなく、一つひとつの形の現れにも喜びや楽しみがあるように一瞬一瞬喜びが感じられるように意識を向ける必要があります。自分の行動の在り方、言動の在り方一つひとつにもう少し気を配る繊細さを身につけてみてください。

Atsukoさんの現実を見た時、あなたの意識がとても大きな変化を起こし、現実に関与するエネルギー波動も大きなレベルで変わってきております。あなたの世界が地球に密接に関係をつくり、地球の流れ、地球の進化に大きな影響を与えていきます。そしてこの変化はこれまでの地球上の変化にはなかった変化を作り出していきます。これまでの地球上の変化は感情的なもの、宗教的なもの、国と国同士のプライドや争い、こういったもので地球が進化をしてきました。しかしあなた自身にはこれらのどの波動も持っておりません。こういった波動での地球の変化ではなく、まったく別のレベルで地球の変化を成そうといる動きが与えられております。そしてそれは別に何かをせねばならないとか、こうせよとか、こうあるべきという波動ではなく、ただそのまま、あるがままという波動で地球を進化させようとする力になっています。そのままで良いというものが進化をさせ、今までこれは地球上にはありませんでした。このままでよいという波動は進化を損ねていたのです。進化を妨げていたのです。でもあなたの持つ波動はそのままで良いという波動で進化をさせていきます。これは新しい地球の流れを創るために必要な波動であり、今その波動が一生懸命あなたの体を通して地球に入っております。自分の現実もそういう観点で流れを見ていってください。

Yasuhiroさんの現実を見た時、あなたの現実の流れが少しずつ少しずつ精妙になってきております。これまでは粗い波動の現実の流れでした。いかにも現実が変わるとか、現実はこうだという流れで現実が創られていました。少しずつ現実を創る波動が精妙になり、現実を創る裏の仕組みが見えてきたり、何が現実を動かしているのか、どういう変化が現実の変化として現れてくるのか、その奥が少しずつ見えてきた段階にあります。そうすることによって自分の意識はその現実を創り出すものの所に移っており、それによって現実を創るエネルギー的なものが自分の中に繋がってきております。現実に流されていた自分が段々現実を創る自分に変わりつつある段階とも言えるでしょう。自分の現実をもう少し今の流れで見て、現実を美しく創っていく、楽しく創っていくというレベルにまで成長させていってください。

Izumiさんの現実を見た時、あなたの現実はもう完全に神の御胸の中にあり、あなたの意志というよりは神の意志によって現実が流れております。しかしこの現実は、あなたの成長をまず考えており、確実にあなたが何らかに目覚め、気付き、成長できることが大前提になっております。あなたにやってくる現実はまず、必ずあなたに意識的な成長をもたらし、目覚めができるようになっているのです。その中であなたは少しずついろんな人と繋がり、波動を感じ、エネルギーをやり取りし、今までの自分の世界から新たなる大きな自分の世界へ変わるように流れがつくられております。これからいろんな人があなたに交わってくるでしょう。新しい人との触れ合いがどんどん増えてくるでしょう。でも、それをまたあなたは喜びとして受け取り、本当に神が現実をつくっているような感覚で現実を楽しんでいくでしょう。これからやってくるいろんな人との関りの現実を喜びを持って迎えていってください。

Sayokaさんの現実を見た時、あなたの現実の波動の中に自分にとって満足のできる現実と、自分にはどうしても満足はできない現実が流れております。自分に満足のできる現実に対しては自分は肯定的に感じ、受け入れ、それこそ愛の波動を十分に出すことができます。しかし自分にとって満足できない現実がある時、その思いは途端に打ち砕かれてしまい、愛の波動を出そうと思っても根本から出すことができず、どうしても受け入れられない状況になってしまいます。この二つの現実が流れており、それをいかに自分がコントロールするか、どうやってこれらを一つのものにしようか迷っているようです。まず自分の現実の中に二つに分けている原因が何であるのか。何故自分にとって良い現実と、望んでいない現実がやってくるのだろうか。この二種類の現実を分けている原因をしっかりと理解する必要があります。自分が望んでいること、望んでいないもの、自分にとって良い人、悪い人、こういった考えがある限りどうしても二種類の現実が複雑に入り込んできます。良い人、悪い人、良いもの、悪いもの、正しいもの、間違っているもの、こういった感覚のすべてがこれらの現実を創り出していきます。こういう価値観を持っているとどうしてもこれらの現実が複雑に入り組んで目の前にやってきます。良い、悪い、正しい、正しくないという価値観を超えた新たなる意識をつくり上げる必要にあります。それをこれからの学びのテーマとして自分の意識的な成長を目指していってください。

Norikoの現実を見た時、大きな光の仲間たちがあなたの現実の中に確実に入り込んできました。あなたの現実の中で光の仲間が活動できるようになってきております。あなたの現実を通して光の仲間が他の人々に奉仕をしたり、地球のために奉仕をするようになっております。したがってあなたはそういった多くの光の仲間たちが活動できるような現実を常に用意しておく、そういった現実を常にしっかりと導いて、いつでも仲間が活動できるようにメンテナンスし、光の状態に保ち、意識を神に繋げておく、こういったことが必要になっていきます。自分の現実を自分の肉体だけのものと思わず、光の仲間たちの働く場所、奉仕する場所という観点からも現実を認識していってください。

Minoruさんの現実を見た時、あなたの光の状態が新たなる段階に入ろうとしており、それと共に現実の流れも微妙な変化をもたらしております。今までの現実はあなたに成長をもたらし、光のある段階にまで達することを目標としてやってきました。光に目覚め、光として活動するためのある条件を身に付けるために今までの現実が与えられておりました。そしてその状態に達した今は次の光の段階に達するために、新たなる条件が与えられております。これまでとは違うエネルギーを獲得し、違う意識を身につける必要があるからです。そのためにあなたの現実の流れはそこに向かい、新しい流れの中で自分を成長させ、意識を拡大させる学びへと入っていきます。これからやってくる流れにより、今までとは違う感覚を身につけていくでしょう。せっかく手にしたツールや知識、今まで分かったと思ったものもある程度捨てるものもあります。自分が大事にしていた知識でさえも手放す時期が来るかもしれません。それほどの大きな違いのある段階へと入っていきます。それによって初めて次の段階で必要なものが手に入ります。今まで手にしてきた知識やツールをそのまま大事に自分のものにしておくと先に進めない場合があります。その時々の流れを見て、今まで手にしたものでも手放す、そういった勇気を身につけて先へと進んでいってください。


皆さん方の現実と意識レベルについてのアドバイスをしてみました。一人ひとり現実の創り方が違うために一言で皆さんに言うことはできませんでした。でもそれによって皆さん方は改めて自分と現実の関りを理解することができるでしょう。これからも自分には自分にふさわしい現実の創り方がある、それを理解して自分の現実を喜びで満たし、そして成長を進めていってください。それでは少し休憩を取ります。ありがとうございました。


B皆と交わって一人で歩む

光の仲間としてお話をいたします。皆さん方は、一人で自分の真理を見つけ、自分の宇宙を創っております。でもお互いに協力し合い、お互いにエネルギーを交換することによって本来の目的が達成されます。つまり、自分の真理を見つけ、自分の正体を見つけるのは自分一人の役割ですが、自分の宇宙を創るためにはいろんな人と交流し、エネルギーを交換し合わなければ達成できないのです。

自分の真理を、自分の正体を一人で見つけようとして、自分一人で山に篭ったりしていても、実際エネルギー交換はそんなになされていないために、自分の宇宙の成長から見た時、地球に来た意味がそれほどないということになってしまいます。やはり人間としての肉体をまとい、いろんな人と交流できる環境で生まれてきたのであれば、できるだけ多くの人と接し、交流し、エネルギーをやり取りすることがとても価値のある現実をつくっていきます。

ただ、他の多くの人と交流し、エネルギーをやり取りすることだけに意識を向けていると、自分が何者であり、どこに向かうのかがまた分からなくなったり、自分を見失ってしまうことにもなってしまいます。したがって、いろんな人と交流し、交わり合いながらも常に自分は自分の真理を見つけて、自分の正体を探るために学びを進めていく、この観点が必要になります。

多くの人はこの観点を混乱しているために、自分の真理を見つけようとして他人のエネルギーを一生懸命比較したり、他人のエネルギーを受け取るつもりで他人の真理を取り入れてしまいます。これが大きな混乱を創り出していくのです。自分の真理を創るために必要なもの、自分の宇宙を創るために必要なエネルギー、それらの見極めが必要になってくるでしょう。そうやって自分が何者であり、どこに向かい、また自分はどういう宇宙を創っているのか、そういった気持ちを常に見失うことなく成長を進めるようにしていってください。

これから日本において新たなる波動に向ける試練がいくつかやってくるかもしれません。日本人の決断力、行動力、自分は一人ひとり自分の人生のためにどういう決断をなし、どういう選択を取るのか、これが大きな鍵を握る現実がやってくるかもしれません。今まで他の人の判断に任せていたり、依存していたりした人に特に起こる現実となるそうです。

もうすでに自分の現実を自分で創り出している人にはそれほど影響はないかもしれません。これまでつい人に判断を任せていたり、人のやり方に従っていた人は自分で決断する、自分で行動するということが鍵になっている現実が流れるようになっていきます。

一人ひとりそういった体験を通して、自分で考え、自分で判断するという能力を身につけていくでしょう。これからの現実をそういう観点から見て、自分は満足する現実を創ることができるように意識を持っていってください。それではここまでにいたします。ありがとうございました。


(c)2002 CentralSun
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