前へ戻る
2007/5/28■月曜交流会から

生きる強さを身につける

@自分の本来の波動

私たちはアルテミスの仲間としてお話をいたします。今日は皆さん方に関係している光のハイアラーキーの仲間たち、そして皆さん方と日頃ワークしているマスターたちと交流をしてみます。今皆さん方の周りでいろんなエネルギー的な対立が起こり、これが日本において地球において宇宙において、とても大きな影響を与えております。

今皆さん方が演じているエネルギー的な影響は、日本や地球に限らず、宇宙のレベルにおいても影響を与えているのです。宇宙の観点から見て、まさに皆さん方自身が重要な鍵を握っています。これまでも重大な時期において、いわゆる光と闇の対立があり、そしてほとんどの場合、光が最終的に負けるという状況を繰り返してきました。

光が負けるというよりは、人間が光以外のものを選択したという言い方が正しいでしょう。別に光が負けたわけではなく、光は光として存在しています。ただ多くの人間が光ではないエネルギーを選択し、そして地球が光ではない方向へと進んでいく、そういう経験がこれまで何度も起こりました。

その度ごとに地球はエネルギー的なとても辛い流れに入り、やっとそれらの経験を終了し、次のサイクルへ入ろうとする時、また光と闇の戦いがあり、そして人間がまた闇を選択する、それを繰り返してきました。これまで光ではない流れを選択してきたために、地球人がつくり出した経験の波動は、光ではない辛い経験がとても多く、明るい愛に満ちた経験が極めて少ない状態になっています。

そして今まさにまたその選択の時期であり、地球の人間がまたこれまでと同じ、自分が楽する道を選ぶのか、それとも地球の波動を少しでも明るく愛に満ちた流れへともっていくのか、どちらかの選択の時期になってきています。しかし今日本や地球を覆っている人間を支配しようとしている波動は、単純に闇とか争いとか、暴力とかいう言葉で現わすことができなくなっています。

今皆さん方の光を奪おうとしているものは、もう生きる気力がなくなってくるとか、もう自分はどうでも良い、あえて努力しなくても良い、楽な生き方をしたい、考えるのも面倒臭い、誰かに考えて欲しい、生きること自体が面倒臭くなってきた、こういった波動を皆さん方に送り続けています。

したがって、多くの人はそれのどこが闇なのか、本当に闇なのか、そういう気持ちで接するために明らかに光とは違うという思いを持たせないようになっています。多くの人から見れば直接争ったり、破壊したり、明らかに生命を奪う方が悪いことのように感じ、単に楽して自分で決断せず、他人の言う通りに生きること自体はそんなに悪いことではないと感じていることかもしれません。

しかし宇宙の観点から見ればこれは明らかに生命を奪っており、生きる気力、生きる意志を蝕む状態にもっていっています。生命力そのものを犯しており、生きるというエネルギーが病気になってきています。生きること自体に喜びを感ずることができず、何となく生きる、仕方なく生きる、しょうがないから生きる、こういう生命エネルギーになっており、生きる気力がほとんど感じられません。

生きる気力がないエネルギーで人間はこれからどう生きるのでしょう。これからの何千年、何万年もの間、生きるという気力のない生命エネルギーでどうやって人間は生きていくのでしょう。一見争いや戦争が明らかに悪のように思えるかもしれません。しかし実際には光の世界から見た時、生命エネルギーを奪われる方がもっと悲惨な状態になります。

戦争を繰り返したとしても多くのものは生きる力を得ようとし、何としてでも生きる、家族のために生きる、国のために生きる、生きて帰ってくる、そこには生命力の強さがあります。国を守るために必死になって戦う、家族の平和のために何としてでも勝つ、そういう強さがあるのです。

しかし生命エネルギーそのものが犯されてしまった時、生きる強さはなく、もう自分はどうなっても良い、家族でさえももう別にどうでも良い、国がどうなっても関係ない、これは戦争よりも悲惨な状態をつくり出していきます。まさに今の日本、地球にとってとても危険な状態にあると言えます。生命エネルギーそのものに生命を奪おうとするものが入り込んできている、そういう状態とも言えます。

今多くの日本人が生きるということに関し、とてもパワーが弱くなっています。何としてでも生きる、家族のために生きる、子供のために生きる、ほとんどそういう意志がなくなっており、もう別にいつ死んでも良いやとか、別に今後どうなっても関係ない、そういう意識でただ毎日を過ごしているのです。

これ自体がとても危険な兆候であり、日本自身、ほとんど覇気のない、まるで生命力の奪われた表現のできない生き物となっております。日本人の一人ひとりが何故生きる気力、生きる目的を失ったのでしょう。ある意味では、戦後天皇が地位を失い、お天道様として理解されていた神がいなくなり、一人ひとりの良心にすべてを任せるという時代に入っていきました。

しかし一人ひとりの良心に従うといっても肝心な道徳教育がほとんどなされておらず、善悪の判断基準が身に付いておらず、何を頼りにして生きていったら良いのか、何が判断の基準なのかが分からないまま、ただ経済成長のために働くという時代が続いておりました。結果的に神や天皇よりはお金を求める時代に入り、お金さえあれば何でも手に入るという状態になっていきました。

多くの人がお金で物を手に入れる意識に完全に変化してしまい、天皇や神に対する思いを持つ人はほとんどいなくなってしまいました。一度こういう意識状態になると中々元には戻るのが難しくなっていきます。一度楽なこと、何もしなくても済むことを身に付けると、もうそれが当たり前になってしまい、あえて何かをするということができなくなってしまうのです。

神を信じなくても生活できると思い込んでしまうと、もう神を信じないまま過ごし続けることになります。よほどの大きな変化が伴わない限り、お天道様を大事にして、その元で自分の判断基準をしっかり持って生きるということはまず無理となるでしょう。そういった道徳的なことを教える先生や両親たちがほとんど仕事で忙しく、子供と接する機会が失われていき、子供に伝えるべき情報が伝えられなくなっています。

今の状態において一人ひとりの意識レベルを高めることはとても難しい状況と言えるでしょう。言うまでもなくこのままでは日本はもっともっと悲惨な流れに入っていきます。この流れを変えるために何が必要でしょう。今スピリチュアルな認識が少しずつ増えていっている、物質的なものだけではなくスピリチュアルな観点からものを考えるようになってきている、それ自身は良い傾向かもしれません。

しかし今の欧米と同じように多くの人の考えるスピリチュアルな考え方が、物質的な考え方になっています。物質と同じように人のスピリチュアルなエネルギーを見た時、私もそういうものが欲しいとか、どうやったらそのエネルギーが手に入るのか、自分もそういう能力を得るためには何を買えば良いのか、何を身に付ければ良いのか、まったく物質と同じ観点で考えているのです。

これは本人はスピリチュアルなエネルギーと思っているかもしれませんが、明らかにそれは物質的な波動であり、本来のスピリチュアルな波動ではありません。いくらオーラやチャクラ、エネルギーという言葉を使ったとしても意識レベルが物質と同じ意識を持っていたのであれば、本当のオーラやチャクラ、エネルギーには影響を与えることはできません。物を身に付ける、何かを買う、素晴らしい人の真似をする、いくらそうやったところでその人のエネルギーは変わることは一切ありません。

せっかくスピリチュアルな認識が広がってきているのであれば、やはり正しい情報をしっかりと教えていく必要があります。今日本において正しくこの世界を教えるということがとても難しく、多くの人が我流で身に付けた知識を教えたり、自分の経験だけで論じているに過ぎません。そこに正しい情報があまり入っておらず、言っている人だけにしか通用しないエネルギーになっています。

スピリチュアルな世界は個人差がとても大きいために、自分が分かったとしてもそれが他の人にも通用することはほとんどありません。一人ひとりの現れ方や感じ方がまったく異なり、一人ひとりの得られるもの、体験すべきものもまったく違っております。今そのスピリチュアルな本当の情報において、いかに多くの人に分かるように説明していくか、多くの人の役に立つようなことをいかに広げていくか、これが大きな問題になっております。

多くの日本の人々が生命力が失われ、目的がわからないまま漫然と毎日を過ごしている。これは物質を追い求めてきて、結局物質的なものの限界を知った時に訪れてくる一つのエネルギーと言えるでしょう。多くの人はそこから脱却しようとして、楽して金銭が手に入る方法、楽して現実を変える方法、いろんなことに挑戦をしております。そしてスピリチュアルな方法を身に付けることにより、また楽して現実を変えようとしている人もいます。

いずれも楽して現実を変えようとしており、本当に理解して現実を変えようとしているわけではありません。楽して現実を変えるというためには、完全に自分が正しい波動と繋がっている必要があります。本当の自分と繋がり、本当の自分の現実をクリエーションする波動と繋がっていれば、確かに楽に現実を変えることができるでしょう。

そのためには自分のエネルギーをとことんまで純粋に高め、波動を浄化し、そして内なる神と完全に繋がることが必要です。それを得ることなく楽して現実を変えることはできません。自分はどうやってこの現実を変えていくのか、どのようにして現実に影響を与えていくのか、一人ひとりやり方が異なり、一人ひとりのテーマも異なっております。

自分は自分のやり方、自分のテーマに従い、はっきりとパワーを使って現実を変えていく、是非それが必要になってきます。世の中がさらに混乱を増し、生命エネルギー、覇気が失われていっている、自分はそういう人のために何ができるのか、どのようにしてこの日本を変えていけるのか、少しそれについてお話をしてみましょう。


Kimioさんのエネルギーから見た時、あなたが多くの人々に奉仕できるパワーとして、人それぞれが内在して持っている波動に、自分なりの方法で目覚めさせ、活性化させる能力があります。特にその人が長年何か一つのことでずっと悩んできた、あるいは何かにずっと取り憑かれていた、ずっと興味を持っていた、そういう人がお客さんに来た時に、そこに意識を向け、その人にずっと影響を与えている波動を調べることにより、その人自身が何故それを体験していたのか、またそこからいかにその人の本来の能力に目覚めることができるのか、それを知らせ、導き、活性化させる能力があります。何か一つのことでずっと悩んでいた、いつも同じ事で悩んでいる、そういう人に対し悩みそのものの波動に意識を向け、その波動の中の光の部分だけを探していきます。そうするとその光の部分がその人の本質的なものと繋がり、本質的なものからのパワーをもらうことによって、新しい自分に目覚めていく、その人自身がこれまで身に付けていなかった新しい能力に目覚める、そういったことができるようになっていくのです。そういったその人に長い間影響を与えている波動の本質と、その人自身の持っている本質をうまく繋げ、その人の新しいエネルギーを開花させる、そういうことによってその人がまったく新しいエネルギーに目覚め、使えるようになっていくでしょう。是非そこに意識を向け、多くの人に新しいエネルギーの活性化を行っていってください。

Hitoeさんの波動を見た時、あなたの周りで多くの人がいろんなことに混乱したり、不思議がったり分からなくなったりする場合があります。多くの人は物事の表面しか見ていないことが多く、表面的なものだけで混乱したり、分からなくなっていることが普通です。その表面的な現象に意識を向けるのではなく、その人がたまたま表面的なことだけに興味を持ち、本質的に変わろうとしていなかったり、本質を理解しようとしていないところからそういった現象がつくられていきます。あなた自身はその人が言ってきているいろんな現象の本質的なところに意識を向け、何故その現象がその人にやってきたのか、何故そういう現象を体験しているのか、そこの本質に常に意識を向けて考えてみてください。そうするとその人が表面だけに意識を向け、本質を見ようとしていない、あるいはわざと本質を見ないようにしている、そういったことが分かるようになっていきます。その人は本当に重要なことからわざと目を背け、表面的なことで人に話したり、人に聞いてもらうことによって安心を得ようとしている、表面的なことだけで人間の関係をつくろうとしている、それが分かっていきます。表面だけで人間と繋がろうとしても実際には人間の心には繋がっていきません。本当に必要なのはその人の本当の心がそういった現象を望んでいる、何故その現象を望んでいるのか、その現象の本質的なところにおいて心が変化しようとしている、心は常に変化し新しい自分に生まれ変わろうとしているのです。新しい自分に生まれ変わろうとしている、そのために必要なエネルギーを身に付けようとしていろんな現象を体験していく、したがって、いろんな現象においては表面的なものではなく、本質的なところ、心を変える本質的なエネルギーが何であるのか、それを常に見抜くことが必要なのです。あなたは一人ひとりのその部分に意識を向け、その人の心の変化のためには何が必要なのか、その人が今経験している本質的なテーマが何であるのか、常にそこに意識を向け、その人が心からすべてを理解できるように導いていってください。

Yukikoさんの波動を見た時、あなたの周りにやってくるいろんな人は、あなたにいろいろと相談をしたり、悩みを言う時、多くの人は自分自身が分からないこと、知りたいこと、理解したいことをあなたに尋ねてきます。そしてあなた自身がアドバイスをする時、多くの人は必ず何か根拠を求めていたり、結局良いのか悪いのか、正しいか正しくないのか、した方が良いのか良くないのか、何らかの解を得ようとして相談にやってきます。その時にそれは良い、それは悪い、いろんなアドバイスの仕方があるでしょう。でもこれからはその判断基準を少しずつ本人に戻していく必要があります。本人自身が心の中に判断を持つことができるように、あるいは本人自身が自分の力で判断できるようにもっていくことが必要です。したがってあなたとしては、判断基準をどう持っていくのか、どういう考え方が判断基準に必要なのか、あくまでも考え方そのものを教え時期に入ってきており、良いか悪いか、右か左かを言うこと自身が役割ではなくなってきています。あなた自身は自分のために右か左か、前か後ろかを考えることが必要でしょう。しかし他人からの相談に関しては、考え方を教えていき、結局右か左か、行くか行かないかは本人に考えさせ、本人が自分の力で断できるようになっていく、そういう話し方が必要になってくるのです。その人に対してどういう考え方を身に付けさせていくのか、それはあくまでもその人自身が自分が本当に前に行きたいのか、楽したいのか、本人自身が本当に望んでいることは何であるのか、常にそういう観点で見ていくとすぐに分かります。多くの人は少しでも楽をして、なるべく自分がほとんど努力しなくてもすぐに得られることを望んでおり、それに向けた解が得られれば安心してそれを得ようとします。しかし必ずしも楽してできることがすべて解とは限りません。あくまでもその人にとって良いか悪いかはその人の魂や神が決めるものであり、人間が決めるものではありません。スピリチュアルな観点から見た時の流れ、それはスピリチュアルな存在にしか分からないのです。所詮人間が判断できることではありません。したがって、その人の進むべき道はその人自身のスピリチュアルな存在、ハイヤーセルフや神が分かっているのです。したがって、その人が純粋にハイヤーセルフと繋がり、神と繋がり、自分で解を出せるように導いていく、その人自身が自分の本当に進むべき道に自分で進んでいく、そういう能力を活性化させるように導いていってください。 

Madokaさんの他人との関係において、あなたの周りにもいろんな人がお話にやってくるでしょう。個人的な悩み、大きな悩み、家庭の悩み、いろんな問題を持ってくるでしょう。あなた自身は一つひとつ必ずしも明快に答えることができないと思っているかもしれません。しかしその人の質問に対して答えることが必ずしも神の意志とは限りません。あなた自身はその人の話している話し方や雰囲気、あるいはその人の頭にあるもの、ただそこに意識を向け、感ずることをただ言うだけで良いのです。その人に合う答えを出すとか、一番ふさわしい答えを与えるとかいう意識を持つことは一切ありません。ただその人の意識に注目し、自分の自由な発想で感ずることを表現していく、それで充分なのです。それだけでその人に必要な言葉があなたの口から出ていきます。その人はあなたからの言葉一つひとつにいろんなヒントを感じ、そして自分で解を出すことができるようになるでしょう。あなたが答えを言うのではなくヒントを出すだけで、本人が答えを見つけていく、本人が答えを手にしていく、これが一番良いやり方なのです。あなたはただ感ずるままを口に出していく、自分の雰囲気で口に出していく、それだけで充分なのです。その時に自分の体験と照らし合わせ、自分の場合はこうだったとか言うと、そこで少し変化する場合があります。やはり一人ひとり体験はまったく異なるために、自分の体験がその人に当てはまるとは限らないからです。したがって、いろんな思い、いろんな直感が出てきたとしても必ずしも自分の体験の通りに口に出したり、体験談を話す必要はありません。自分には当てはまってもその人には当てはまらないことがたくさんあるからです。自分はただその時に感ずる様を口に出していってください。

皆さん方にはいろんなスピリチュアルな興味を持った人が近づいてくるでしょう。そしてほとんど人間的な常識では答えることのできない質問がやってきたり、またそういう質問に対してどう答えて良いかまったく検討もつかない場合があるでしょう。その時に正しい答えをあげようとか、ちゃんと答えてあげよう、正解を見つけようという意識は一切持たないでください。

所詮スピリチュアルな現象に関しては、一人ひとり自分で解決することが必要とされており、他人が解決することはできないルールになっております。皆さん方はせいぜいアドバイスやヒントを与えるのが精一杯であり、解を与えることは元々考える必要はありません。ヒントを与えると本人が自分で気付いていく、本人が自分で分かる、そういうシステムです。

したがって、いろんな人がやってきた時、これは手ごわいとか、自分にはできないとか、まだ自分には分からない、そういった意識を持つ必要は一切ありません。単にいろいろ話を聞き、そして自分の直感でアドバイスや雰囲気、ヒントを出していく、初めからそのつもりで接するようにしてみてください。そうすると気が楽になり、気が楽になると余計に良いエネルギーが入ってきます。初めから拒否したり、緊張したり、良い回答を出そうという思いを持つことは一切ありません。

楽にしてその人の話をしっかりと聞き、そして何らかのヒントをただ出していく、そういう接し方で新しい人々と接するようにしてみてください。それでは少し休憩をとります、ありがとうございました。


A生きていることを表現する

私たちはアルテミスの仲間としてお話をいたします。今日はいろんな意味において日本の流れや今後、そして一人ひとりの意識の状態について話をしていました。今確かに日本の人々の意識がかなり楽な方向へ、楽な方向へと向う意識になってきています。そしていつの間にか生きる力、生命力そのものが自分以外の手に預けられており、自分で自分の命を守るという意識がほとんど少なくなってきております。

そのうち自分自身がどうなっても構わない、もうなるようになっても良い、そういう状態にまでなっていくのかもしれません。生きるということの尊さ、素晴らしさ、価値がほとんど何も理解されていない状態にあります。これは実際生きるということがどういうことなのか、生きるという価値、素晴らしさがどうなのかを誰も教えていない、誰も具現化していないというところから始まります。

生きることの素晴らしさを誰も表現していない、したがって、子供たちや小さな子たちがそういう情報を手にすることができず、ただ親の真似をして毎日漫然と暮らす、そういう状態になっていくのです。生きる素晴らしさや喜びをもっともっと現わす、表現していく、毎日、今日はこんな良いことがあった、今日はこういったことを体験した、今日はこういう人に出会ってこういった良い話を聞いた、毎日毎日こういう生きていて良かったという体験を口にしたり、そういったことを書き留めておくと、生きるということの素晴らしさが少しずつ繋げられていくことになると思います。

毎日体験して良かったこと、出会って良かった、生きていて良かった、そう思うことが少しでも記憶に残るように、記録に残るようにしておくとそういったことの積み重ねが人生の素晴らしさをつくり上げていくでしょう。そして素晴らしかった、良かったという記録や記憶を何一つ残していない人は結局毎日ただ漫然と生きることになっていきます。もし皆さん方の中でも試してみたい人がいれば、毎日一つでも今日良かったこと、今日生きていて良いと実感の得られたもの、感激したこと、何か一つ記録なり、記憶に残してそれから一日を終えるようにすると人生が良い方向へと向っていくことでしょう。そしてそういったことの素晴らしさを他の人々や子供たち、そしてやる気を失いかけている人々にも伝えられるようにしてみてください。それではここまでにいたします。ありがとうございました。


(c)2007 CentralSun
前へ戻る